あんどう裕と語る会in和束町のお知らせ2019年11月23日(土)19:00~

11月、12月、1月のあんどう裕と語る会のお知らせです

★あんどう裕と語る会 in 和束町
日時:令和元年11月23日(土)19:00~20:30
場所:和束町商工会館 研修室
住所: 相楽郡和束町釜塚京町19
電話:0774-78-3321

★あんどう裕と語る会 in 宇治市
日時:令和元年12月15日(日)15:00~16:30
場所:ゆめりあ宇治
住所: 宇治市宇治里尻5-9
電話:0774-39-9377

★あんどう裕と語る会 in 城陽市
日時:令和2年1月25日(土)15:00~16:30
場所:文化パルク城陽
住所: 城陽市寺田今堀1
電話:0774-55-1010

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

あんどう裕と語る会in宇治市のお知らせ2019年12月15日(日)15:00~

12月、1月のあんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 宇治市
日時:令和元年12月15日(日)15:00~16:30
場所:ゆめりあ宇治
住所:宇治市宇治里尻5-9
電話:0774-39-9377

★あんどう裕と語る会 in 城陽市
日時:令和2年1月25日(土)15:00~
場所:城陽商工会議所 産業会館
住所: 城陽市富野久保田1-1
電話:0774-52-6866

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

年金財政検証が公表されました

27日に、厚生労働省は公的年金制度の財政検証結果を公表しました。

参議院選挙前に公表されるべきものを選挙後に先送りしたのではないかと疑念を持たれていましたが、これが公表されていたとしても、選挙結果には大して影響しなかっただろうと思います。なぜなら、国民が予想していた通りの結果だったからです。

所得代替率は、よいケースで51・9%、悪いケースで36%ということで、「制度改革は急務」ということです。さっそく自民党の議員からの「改革に汗をかく」という発言が報道されています。一方の野党からはこの結果について、政権の責任を厳しく追及するという発言が報道されていますが、では追及してどうするのか?解決策は自民党と同じ方向なので、国民からの期待値は上がるはずがありません。従って、仮に参議院選挙前に公表されていたとしても、選挙結果には影響はなかっただろうと思うのです。

実は、この年金不信の話は、最近話題になっている現代貨幣理論MMTの考え方を使えば、一気に解決します。年金の原資が足りなければ、国が補填すればいい。ただそれだけのことです。老後の生活に2000万円不足するのであれば、年金をそれだけ増額して支給すればいいのです。不足分は国が全額補填するのです。国にはそれだけの力があり、国民生活を守ることができるのです。それが国家権力というものです。

しかし、今の制度改革の方向性は、厚生年金の適用拡大、基礎年金の拠出期間の延長、年金の支給開始年齢の引き上げ、マクロ経済スライドの適用拡大など、国民の負担を強いることばかりです。

厚生年金の適用拡大は、中小企業の経営に重大な影響を与えます。恐らくこれを強行すれば、パートの短時間化と人材派遣への移行が進み、パート労働者にも大きな負担を強いることになるでしょう。もちろん、厚生年金に加入しておけば老後に受け取ることができる年金額は確実に増えるので、労働者にとっては悪い事ばかりではありません。しかし、現在の状況で適用拡大するのは、中小企業そして労働者の双方にとって非常に厳しい試練となるでしょう。

支給開始年齢の引き上げは論外です。これは政府も分かっていて、「年金を受け取る年齢を自分で決めることができますよ。年齢を後ろにすればするほど、所得代替率が上がる、つまり多くもらうことができますよ」という制度に変えようとしています。

もちろん、受け取る年齢を自分で決めて後ろ倒しすることによって、受け取る年金額が増えるのであれば、それを選択する人も増えるでしょう。

ただ、人によっては働きたくない人もいます。そういう人も、年金受給額が少ないために働かざるを得ない状況が生まれます。また、高齢者が働き続けることによって本来なら若い人に支払うことのできた賃金が、高齢者に渡ることになり、結果として若年層の賃金上昇を阻害し、少子化に拍車をかける結果となります。

マクロ経済スライドの拡大も問題です。マクロ経済スライドとは、読んだだけでは意味の分からない制度です。わざと分からないような名称にしたのでしょう。年金は、物価上昇率に応じて支給金額を変えています。そうしないと、インフレ時には実質的は年金が目減りしてしまい、生活が徐々に苦しくなっていくからです。そうならないように、物価上昇率に応じて年金額を増やしていくのが年金の考え方です。

しかし、マクロ経済スライドという制度は、年金財政が厳しいので、物価上昇率に応じて上げるべき年金支給額を、上げるべき金額から少し目減りさせて支給することにするという制度です。年金生活者は金額は同じでも、徐々に生活が苦しくなるということになります。

これらの改革に、これからの自民党は取り組むことになるでしょう。私以外の自民党議員は、ほとんどが「国民に負担を強いる改革になるが、年金の持続可能性の維持、そして信頼のためにやむを得ない改革だ」「国民に厳しい改革であっても、誠意とまごころをもって説明すれば、必ず分かってもらえる。それが政治家の責務だ」という正義感でこの改革に取り組むでしょう。

しかし、この改革の方向性は完全に誤りです。その誤りの根幹は「日本の財政は危機的状況であり、国家財政はこれ以上年金や社会保障費を負担できない」という間違った思い込みです。

非常に残念なのは、この改革に取り組む議員が正義感と責任感から誤った改革をしてしまい、結果として日本経済を凋落させ、財政はますます厳しくなり、少子化が進行するという悪循環を起こしてしまうということです。まさに平成の時代がその時代でした。

繰り返しになりますが、現代貨幣理論MMTの考え方を使えば、年金受給開始年齢を60歳に据え置いたままでも、所得代替率80%なら80%の年金を支給することは可能だし、国民や企業が負担している厚生年金保険料、国民年金保険料は軽減することが可能です。本当は、年金制度を根本から見直す、この方向の制度改革が必要なのです。

何とか、この方向で改革できるように、尽力してみるつもりです。なかなか多勢に無勢で厳しいものがありますが、今、政府が出さなくてはならないメッセージは「年金は約束した通りお支払いすることができます。だから安心して下さい」というものなのです。不安を煽り、負担を強いるものであってはなりません。

これからも、正しい政策実行に努力して参ります。皆様のご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

あんどう裕と語る会 in 東京のお知らせ 10月26日(土)15:00~

第4回あんどう裕と語る会in 東京・銀座のお知らせです

【勉強会】
 日時  令和元年10月26日(土) 15時00分~17時00分 
 会場  カンファレンス・ブランチ銀座 3F A+B会議室
     中央区銀座3丁目7-3銀座オーミビル3F TEL/03-5524-6319

【懇親会/希望者のみ】
 日時  令和元年10月26日(土) 17時30分~
 場所  北京火考鴨店(ペキンカオヤー店)銀座店
     中央区銀座2-8-12 ユニデン銀座ビル5F TEL/050-5266-0384
 会費  5,000円(実費・税込)

入場無料。どなたでもご参加頂けます。
お申込は、i12690@shugiin.go.jpまで。お名前、懇親会参加の有無をお知らせ下さい。

あんどう裕と語る会 in 精華町のお知らせ 2019/9/7(土)18:30~

9月あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 精華町
 日時:令和元年9月7日(土)18:30~20:00
 場所:精華町 地域福祉センターかしのき苑 大ホール
 住所: 相楽郡精華町大字大字南稲八妻小字砂留22-1
 電話:0774-94-5200

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

あんどう裕と語る会 in 八幡市のお知らせ 2019/8/25(日)18:30~

8月あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 八幡市
 日時:令和元年8月25日(日)18:30~20:00
 場所:八幡市文化センター 3階「第3会議室」
 住所: 八幡市八幡市八幡5-3
 電話:075-971-2111

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

MMT国際シンポジウムが開催されました

7月16日、東京の衆議院第一議員会館にて、ニューヨーク州立大学教授のステファニー・ケルトン教授にご参加頂き、京都大学主催で「MMT国際シンポジウム」が開催されました。

私もこのプロジェクトについては、会場の手配をはじめ、お手伝いをさせて頂きました。

万が一、衆議院解散になってダブル選挙になっていれば、衆議院会館も使えなくなるところだったので、この面からも解散がなくて良かったです。

参加者も別会場も含めれば800名ほど。記者会見も100名近くの記者が取材に来て頂き、一定の成果を挙げることができました。

ケルトン教授とは、主催者である京都大学の藤井聡教授のお計らいで、西田昌司先生、公明党の竹内譲先生と共に昼食をご一緒させて頂きました。シンポジウムでの講演の様子や記者会見の模様は、YOUTUBEで見ることができますので、ぜひご覧ください。

MMT現代貨幣理論は、米国でも主流派経済学者から異端の理論と言われていますが、ケルトン教授も長年そういう学者と対峙して苦労してこられたようです。

しかし、貨幣の本質、そして財政当局の処理や銀行融資などの実務に立脚したこの現代貨幣理論は「現実」です。これに対して、主流派経済学が取り扱う経済学の中には、貨幣論がありません。これが今の財政政策に使われている主流派経済学の致命的な欠陥であり、天動説と言われるゆえんなのです。

経済成長は、国民の実体経済の中で流通する貨幣供給量を増やすことによって実現します。貨幣供給量を増やさなければ、経済活動は単なるパイの奪い合いになってしまいます。

従って、経済成長させるためには、貨幣供給量を徐々に増やさなくてはなりません。

では、貨幣供給量はどのように増やせばいいのか。貨幣は、誰かが借金をすることによって発生し、借金を返済することによって消滅します。民間企業が投資などのために借金をすると、それだけ通貨が新しく発行され、それが使われることによって最終的には家計に流入し国民が豊かになります。(ここがMMT現代貨幣理論の特徴です。銀行が融資をするという行動は、誰か別の人の預金をその他の人に貸し出すのではなく、新たに預金という通貨を発行して貸し付けているのです。これが銀行実務なのです。主流派経済学は、この点を完全に誤解しています)

企業会計上は黒字でも、資金収支の上では借金を積み上げていくのが成長する企業の行動です。

好景気で日本中の企業が借金を拡大している経済状態の時は、政府が何もしなくても勝手に民間で通貨供給量が増えて、家計に貨幣が供給され国民が豊かになっていきます。(この供給量の速度が速すぎると高インフレとなり、うまくコントロールしないと通貨が膨張し過ぎてバブルになります。)


ニューヨーク州立大学
ステファニー・ケルトン教授

日本ではバブル崩壊後、企業は借金をせず、返済をすることを優先しました。借金を返済するということは貨幣を消却することにつながります。世の中に流通する貨幣を消却しているのだから経済は縮小します。これがデフレの原因です。誰かが借金を減らしている時は、誰かがその代わりに借金を増やさなければ、貨幣供給量は減少してしまい経済が縮小するのです。だから、デフレ不況の時は政府が借金をして貨幣供給量を増やし、これを実体経済に注入して家計に貨幣が供給されるようにしなくてはならないのです。その政策を採用できなかったのは、国債の役割が国家の実体経済に対する貨幣供給であり、借金することによって貨幣が発行されて国民が豊かになっていることが理解されていなかったからです。

ケルトン教授を招聘したMMTシンポジウム以降、MMTに関するニュースは確実に増えました。山本太郎氏もMMTの理論は理解していると思われます。財政赤字こそが国民の黒字であり、国民を豊かにする最も早く有効な処方箋なのです。

今後とも、MMT現代貨幣理論の理解を広めるために尽力していきたいと考えています。間違いなく緊縮財政という呪縛に完全に縛られている日本経済をデフレ不況から脱却させる解毒剤になるでしょう。

トランプ大統領の衝撃的発言

ブルームバーグが下記の記事を流しています。

「トランプ米大統領が最近、日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていたことが分かった。事情に詳しい関係者3人が明らかにした。トランプ大統領は日米安保条約が米国にとって不公平だと考えている。

関係者によれば、トランプ氏は同条約について、日本が攻撃されれば米国が援助することを約束しているが、米国が攻撃された場合に日本の自衛隊が支援することは義務付けられていないことから、あまりにも一方的だと感じている。旧条約から数えて60年余り前に調印された安保条約は、第二次世界大戦後の日米同盟の基盤となっている。

大統領は条約破棄に向けて実際に措置を取ったわけではなく、政権当局者らもそのような動きは極めてありそうもないことだと話している。トランプ氏の個人的な会話の内容だとして関係者らはいずれも匿名を条件に語った。

万が一条約破棄となればアジア太平洋地域の安全保障に役立ってきた日米同盟を危うくする。日本が中国および北朝鮮からの脅威に対して防衛するため別の方法を見つける必要が生じ、新たな核軍備競争につながるリスクもある。

菅義偉官房長官は25日午後の会見で、「報道にあるような日米安保見直しといった話は全くない。米大統領府からも米政府の立場と相いれないものであるとの確認を得ている」と語った。その上で、「日米同盟はわが国の外交安全保障の基軸」であり、「日米安保体制は同盟関係の中核を成すものだ」と指摘した。(中略)

大統領はかつて個人的な会話で、日米条約の下での米国の義務を認識していると述べたことがあるが、同時に、他の条約についての立場と同様、より互恵的な関係を望んでいる。(後略)」

あまり日本ではニュースになっていませんが、これは極めて重大な発言です。

菅官房長官の発言を確認してみましょう。

『菅義偉官房長官は25日午後の会見で、「報道にあるような日米安保見直しといった話は全くない。米大統領府からも米政府の立場と相いれないものであるとの確認を得ている」と語った。その上で、「日米同盟はわが国の外交安全保障の基軸」であり、「日米安保体制は同盟関係の中核を成すものだ」と指摘した。』


確認します。

「米大統領府からも米政府の立場と相いれないものであるとの確認を得ている」ということは、「大統領はたしかにそういう発言をしたけれども、現在の米政府の立場とは異なるものである」と言っているのです。トランプ大統領は、日米安保条約の破棄の考えを側近に対して発言したということは間違いないでしょう。

トランプ大統領は、次のようなツイートも実際にしています。これもブルームバーグの記事です。

「トランプ米大統領は、中東のホルムズ海峡の原油輸送路防衛を米国が担っている状況に疑問を投げかけた。日本や中国の石油タンカーも同海峡を通過しているとして、防衛は自国で行うべきだとの見解を示した。タンカーが攻撃された事件や米無人偵察機の撃墜を受けて、米国とイランとの間で緊張が高まっている。

トランプ氏は24日、「なぜわれわれが代償もなしに他国のために(長年にわたって)輸送路を守っているのか。そうした国々は全て、自国の船を自ら守るべきだ」とツイート。ツイートの中でトランプ氏は、中国が91%、日本は62%の原油をホルムズ海峡経由で輸入していると記した。

菅義偉官房長官は25日午前の会見で、トランプ大統領の発言について、「ホルムズ海峡における航行の安全確保はわが国のエネルギー安全保障上、死活的に重要」と指摘。米国など関係国と連携し、「中東の緊張緩和と情勢安定化に向けた外交努力を継続したい」と述べた。トランプ大統領が求めた日本政府としての具体的行動については、言及を控えた。」

この記事にあるツイートは、今でもトランプ大統領公式ツイッターで確認することができます。

日本語に訳すと、下記のようになります。

中国は石油の91%をホルムズ海峡を通過するタンカーから得ている。日本は62%、他の多くの国もそんな具合だ。で、なぜわれわれは他国のシーレーンを長らくタダで守ってやってきたんだ?

あそこの航行はいつだって危ないんだぞ。

みんな、自国のタンカーは自分で守るべきじゃないか。(佐藤健志氏訳)

報道されていませんが、このツイートの後にこのようなツイートが続くのです。

今やアメリカはあの地域にいる必要すらない。なにせわれわれは世界最大(ダントツ)のエネルギー供給国なのだ!イランへの要求は単純明快。

核兵器はなしだ、ついでにテロ支援もやめやがれ!(佐藤健志氏訳)


トランプ大統領が、日米安保条約を不平等条約であり、米国に過重な負担がかかっていると考えているであろうことは、過去の発言からも見て取れます。

常に「アメリカ第一」を掲げ、それを目的に行動していることは明らかです。一方で、かつて〝世界の警察〟としての役割を果たそうという意思は、残念ながらあまり感じ取ることができません。

中東においては、イランとの関係は決して良いものではなく、外交上の重荷になっていることは事実です。一方で、米国はシェールオイルの開発が進み、今や世界最大級の原油産出国となりました。このツイートにあるように、米国はもはや中東がどうなろうが、ホルムズ海峡で紛争が起きようが、米国がそれによって原油不足で困ることはあり得ないのです。できることならホルムズ海峡の警備という重荷から逃れたいという気持ちを持っているのでしょう。

常に「赤字は嫌だ」というビジネスマンの発想から脱却していないので、とにかく損をすることはしたくない。そういう単純な発想かも知れませんが、米国の指導者がこういう考え方をしているということを、日本はもっと真剣に考えなくてはなりません。

そして、では日米安保条約の破棄は、日本にとって絶対に避けなくてはならない最悪の事態なのか?

いや、決してそんなことはありません。むしろ、やっとそういう時代がきたかと、むしろ歓迎すべきことだと私は思います。

自民党の立党時の文章に次のようなものがあります。

党の使命

六、独立体制の整備

平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。

世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。

日米安保条約の破棄は、間違いなく駐留外国軍隊の撤退に繋がります。今の日本では、絶対に自ら言い出せない「米軍撤退」。

しかし、自民党の立党時の悲願は、占領法制の象徴である日本国憲法を破棄して、自主憲法を制定することと共に、外国駐留軍隊の撤退を実現して国力の応じた自衛軍備を備えるということでした。

まさに自民党立党時の党是が実現しようとしているのです。

こんな大きなチャンスはありません。ほとんどニュースになりませんが、米国大統領がこのような考え方を持っているということは、日本にとって願ってもないほどの大きなチャンスなのです。

在日米軍の撤退は、日本側からは絶対に言い出せません。そして、このような発言があったからには、日本は「やむを得ず」独立した「日米同盟に安住しない」自衛軍備を備え、あらゆる事態に対処する、その心構えが必要になります。沖縄をはじめとする在日米軍基地に反対している皆さんも、当然のことながら、反対する理由がありません。

しかし、それだけの覚悟が今の日本にあるのでしょうか?

それが甚だ気になるところです。

あんどう裕と語る会 in 井手町のお知らせ 2019/7/28(日)18:30~

次回、あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 井手町
 日時:令和元年7月28日(日)18:30~20:00
 場所:井手町商工会館
 住所: 綴喜郡井手町井手橋ノ本14-3
 電話:0774-82-4073

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

新しい御代になりました

5月1日から新しく天皇陛下が即位され、令和の時代が始まりました。

上皇陛下におかれましては、30年あまりのご在位の間、本当に国民のためのお勤めをしてくださり、心から感謝申し上げます。これからは上皇后陛下とともに、末永く健やかにお過ごし頂きたいと思います。

また、新しく即位された天皇陛下におかれましては、心からお慶び申し上げます。令和の御代が日本国民にとって平穏な時代になりますように、我々も精進してまいります。

今回の御代替わりは、昭和から平成に代わるときと異なり、国民が心からお祝いをできる環境でした。前回は先帝の崩御によるご即位でしたから、心からお祝いを申し上げることも憚られる状況でした。今回は、そういう意味では国民が一つになってお祝いできたことはとてもよかったと思います。

世界も注目した御代替わり。これから様々な儀式が予定されています。

現行憲法下で政教分離の建前があり、これを真面目過ぎるほど気にして儀式が組み立てられています。個人的には、政教分離をそこまで気にしなくてもいいのではないかと思います。米国でも、大統領就任式では聖書に手を置いて宣誓を行います。それぞれの国の成り立ちを考えたとき、宗教とは切っても切り離せないのが本当のところです。それを無理に分離させようとすると、どうしてもどこかに歪が出て来ます。

天皇の存在は、どうしても神道と切り離せません。

現行憲法下では、天皇の地位は第一条に「日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴」であって、その地位は「主権の存する国民の総意に基づく」と規定されています。

これは、『憲法があって、そのうえで天皇が存在する』というように読めますが、実際はそうではありません。現行憲法ができるはるか以前から、天皇は存在しているのです。天皇の歴史は日本の歴史そのものなのです。天皇陛下が存在しなければ、日本国はそもそも存在していない。そのことが、現行憲法の規定ぶりでは分からなくなっています。

大日本帝国憲法では、天皇についてはこのような規定でした。

「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」

私は、これが本来の憲法の規定すべき文言であろうと思います。一点だけ修正すべきなのは、「統治す」ではなく「治らす(しらす)」とするべきでしょう。これは、日本書紀の『天壌無窮の神勅に由来する言葉にするべきだ』という趣旨です。『天壌無窮の神勅』とは次のような文言になっています。

「葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王たるべき地(くに)なり。宜しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)いて治(しら)せ。さきくませ。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、まさに天壌(あめつち)と窮(きわま)り無けむ」

大日本帝国憲法は、まさにこの神勅を基にして、きわめて短文ながら正確に天皇の地位を規定しています。ただ、「統治す」という言葉を使ったのが問題で、天皇主権という形が強くなってしまいました。日本における天皇の存在は、武家政治が確立されたころからは明らかに権威と権力を分離していたところに特徴があります。日本最高の権威は、政治権力とは分離されたところに存在していたのです。

明治維新の精神もそうだったのかも知れませんが、明治憲法は、大政奉還により天皇に政治権力を持たせようとしたところがあります。本来は、第一条で先ほど書いたように「大日本帝国は万世一系の天皇これを治らす」としておき、「その他の規定はすべて法律で規定する」という形が一番良かったのでしょう。欧米先進国の仲間入りをするために、憲法を規定しなくてはならないという意気込みで憲法を作ったのは良かったけれども、結果的に憲法の不備により軍部の独走を抑えることができず、不幸な戦争に突入していったことは周知の事実です。

本来、日本が手本とすべきだったのは、イギリスであったのだろうと思います。イギリスは、日本のような成文憲法を持たない「不文憲法」の国です。つまり、それまでの歴史で培われてきた「国民の常識」が最も重視され、憲法の役割を果たしているのです。

日本もこれから憲法を作るなら大日本帝国憲法第一条のみを規定し、その他は法律事項にしておくような考え方もできるのではないでしょうか。そうすれば、憲法改正で大騒ぎをすることもなく、法律であれば修正が必要なら国会の議決で修正できるようになります。ただ、手を付けてはならないのは「万世一系の天皇が治らす国である」という点だけであるということです。

そしてもう一つ、現行憲法第二条「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」を修正して残したほうが良いかも知れません。

現行の規定では、皇室典範が国会の議決により決めることになっています。つまり、権力の下に権威が置かれているのです。これは明らかに日本の国柄には合いません。日本最高の権威を権力の下においてはならないのです。従って、皇室典範は皇室で決める。国民はそれをお支えする。そのような規定にしておくべきなのです。

昨今、女性天皇や女性宮家創設に向けての議論を加速すべし、ということを言う人が増えてきました。国会議員の中にもその意見があり、また、先の皇室典範特例法を決めた時の付帯決議にも書かれてしまったので、議論が加速する恐れがあります。しかし、現在のままの流れでは、「今の時代に合った皇室典範にするべきだ」という雰囲気で皇室典範の改定がなされてしまう可能性が極めて高いと思います。本来の日本が最も大切にしなくてはならない「万世一系の天皇」をこれからの子孫に残すことができるのか。『今の時代に合う』ということは、将来の時代には合わない可能性があるということです。そんな安易なものより、長い歴史の中で守り続けられてきたもののほうが、よほど大事ですし安定しています。これを、現代の価値観で変えようなどとおこがましいことは考えないほうが良いのです。

いずれにしろ、新しい御代をいい時代にしなくてはなりません。そして、皇室の今後未来永劫の弥栄をお支えすることが、私たちの役割だろうと思います。

「日本の未来を考える勉強会」の活動を再開します

一昨年から始めた私が主宰する「日本の未来を考える勉強会」の活動を再開します。

政務官に就任して以降、時間的な余裕がなく、また政府に対して批判的な言動を制限される立場でもあり、昨年の臨時国会中は勉強会を12月に一度開催しただけで、あまり活発には活動できませんでした。

しかし、政務官に就任して半年ほど経過して仕事のペースが掴めてきたこともあり、勉強会を改めて再開することとしました。

とは言え、内閣の一員である政務官の立場がありますので、内閣の方針と異なること(例えばいままで主張してきたような「消費税は減税すべき」ということ)は言えません。従って、当面は、いままで考えてきたけれども触れていなかったテーマについて、講師の先生方をお呼びして話を聞く勉強会にしようと考えています。

今の日本の状況は、かなり危機的状況にあります。最近世間でもやや知られるようになってきましたが、この20年余りの間、世界は順調に経済成長しているにも関わらず、日本だけがその成長に取り残されてきました。世界中の国民はそれぞれ豊かになっているのに、日本だけは国民が貧困化しているのです。

この間の日本の政策は、「財政健全化の旗印を掲げた緊縮財政」「既得権益の打破を叫ぶ規制緩和と自由化・民営化」「グローバル化を合言葉に進められる米国化」でした。これらのことが、日本の経済成長を阻害していることは、この「ひろしの視点」をお読みいただいている方にはいつもお話していることなので、よくお分かり頂けると思います。

さらに、「少子化は国難」と言いながら少子化をさらに進める「女性の社会進出」を促進し、子育ては家庭ではなく社会で行うべきと言わんばかりの「ゼロ歳から保育園へ」「保育園で11時間保育」といった政策が推し進められています。

働きたい女性が働くことには賛成しますが、そうではなく、家で子育てに専念したいと考えている女性まで「子供を預けて働かない女性は輝いていない」ような印象を与える昨今の「女性の輝く社会」というキャンペーンは、それこそ価値観の押し付けだと言えます。古い考え方だと女性国会議員にはいつも怒られてばかりいますが、「子育て」について男性は女性に絶対に叶いません。これは差別などではなく、持って生まれた性差です。男性には決して子どもを産むことはできません。男性には決してできない子育てをする女性はとても輝いています。男性にできるのは、そういう女性が安心して子育てに専念できる環境を整えることです。働きたい人は働けばいいし、働かないで子育てに専念したい女性は子育てに専念できる。働かなくても生活の不安がない。そういう社会こそが、子育てにやさしい社会ではないかと思うのです。昨今のように、男性の収入が下がり、共働きでなくては子供を育てるだけの家計が維持できない環境を見ると、余計にそう思います。

世の中で、子どもを育てること以上に大事な仕事はありません。思いやりがあり素直な人格をもった大人を育てるのは、もっとも大事な仕事なのです。それを担うのは女性であり家庭です。

昨今の「女性が輝く社会」キャンペーンは、労働力としての女性が欲しい経済界の要請によるものであり、「少子化という国難」に対応するものではないのです。

ところが、「保育園落ちた。日本死ね」というような下品な言葉に反応し、それを受け止めて「もっと保育園を」「待機児童解消を」と誰もが叫び、それに呼応するように、政府も「待機児童解消」「受け皿拡大」「保育時間の延長」を実行してしまう。そこには、子供が何を求めていて、乳幼児の育ちには、人格形成にはなにが一番大切なのかという視点は、完全に欠落しています。

「子ども育ては親育て」という言葉があるように、人間は生物学的には子供を産めば親になりますが、それだけではなく、人間として成長して一人前の親にならなくてはありません。そのためには、子どもと正面から向き合い、大人に対する100%の信頼がなくては生きていく術がない乳幼児と向き合うことが必要なのではないでしょうか。

そして、こんな固いことを言うまでもなく、何よりも子どもの可愛い時期は本当に短いのです。その時間を子どもと一緒に過ごさないのは本当にもったいない。そして、子どもが初めて寝返りをした瞬間、初めて立った瞬間、初めて歩いた瞬間を見ることができないのは、言葉では言い表せないほど残念なことだと思います。

私は、上の子供が初めて寝返りした時、はじめて歩いた時、いまでも覚えています。彼が初めて寝返りした時、一生懸命力を入れて寝返りが出来て、でも本人にとっては初めての経験で何が起きたかわからず、びっくりして泣いていたことをいまでも覚えています。そういう思い出の一つひとつが家族の思い出となり、人生の豊かさにもつながっていくのではないでしょうか。

最近は児童虐待が目に見えて増えてきました。かつてはあり得なかった「子殺し」が連続し、日常的にニュースになるようになりました。それに呼応するように、国会議員も「児童虐待の厳罰化や体罰禁止」に動いています。でも、これは厳罰化や体罰禁止で止まるような事態ではありません。厳罰化したところで、余計巧妙な、悪質な虐待事案が増えるだけです。これらの場当たり的な施策を見ても、とても「本気で児童虐待に対応している」とは思えず、条件反射で無節操・無思想に、そして人気取りのために「厳罰化や体罰禁止」を唱えているようにしか思えないのです。

ことほど左様に、いま、国で「良い」と言われている政策(これは与党も野党も同じように「良い」と考えている政策です)は、私はほぼすべて「誤りである」と考えています。

この「日本の未来を考える勉強会」では、いままでマクロ経済政策を中心に取り上げてきました。デフレからの脱却が日本の最大の課題であり、これを克服するためには政府支出の拡大と消費税増税の凍結さらには減税が不可欠であるとの認識の下、提言も取りまとめてきました。

これは、デフレという現象は国の経済を停滞させるだけではなく、人々の心も貧困化させ、社会を荒廃させる大きな要因になるからです。昔から「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある通り、経済的な余裕が無ければ、思いやりも礼儀も失われます。デフレが続き、その中で経済成長のみを目的とするので、「いまだけ、金だけ、自分だけ」という考え方が広まってしまうのです。

昨今は「能力主義」がいかにも良いもののように考えられています。しかし、この能力主義で問題なのは、「人の能力を正確に測れる人は誰もいない」ということです。そのような欠陥が

あるにも関わらず、能力主義が良いということになると、成功した人=能力のある人ということになります。しかも最近もてはやされる「成功者」は、ホリエモンに代表されるように「お金儲けのうまくいった人」と言っていい。しかし、「能力のある人=成功する人」とは限りません。成功する人は、いろいろな要素がうまく回って成功できたのです。成功しない人は必ず「努力の足りない人」「能力の足りない人」というわけではありません。しかし、現在は成功しない人は、努力や能力の足りない人なので仕方がないと切り捨てられる風潮があるように感じます。

そして成功者がもてはやされて、その一部の「成功者」の意見を聞いて政策がつくられ、「普通の人」ではなく、極めて一部の「成功者」のための政策が実現していくのです。これで国民すべてが豊かな生活ができる社会ができるはずがありません。

私は、本来は普通の人が普通の努力をしたら普通の成功ができる社会を目指すべきだと思います。ここでいう「普通の成功」とは、結婚できて、子供が持てて、子どもを大学までやることができ、安心して老後を暮らすことができる「平凡な生活」のことです。一部の人しか結婚できず(50歳時点での男性の生涯未婚率(一度も結婚経験のない人の比率)はなんと23%)子供も持てない社会はどこかおかしい。

これら一連の事象を食い止め、正常に戻していくには、それぞれの国民が「常識」を取り戻す必要があります。

そのために、私の勉強会では当面のテーマは「常識を取り戻す」ことにしたいと考えています。

国会議員が今の政策に疑問を持ち、声を上げるようになれば少しは変わるのではないでしょうか。

今回、私がここに書いたような内容、例えば今回書いた保育の話などは、いまの社会で国会議員が発言すると大問題になるかもしれません。「女性差別だ」「時代遅れの政治家だ」などと叩かれるかもしれません。それだけいまの日本社会は許容範囲が極めて狭くなり、自由な発言が封じられています。このような社会は「全体主義化」していき、ナチスドイツがそうだったように結果的には「没落」に向かって行きます。全体主義とは「とにかく社会全体の意見に従え。従わない者は社会的に抹殺せよ。」という空気であり、民主主義の病なのです。

これを食い止めるためにも、私の勉強会で一石を投じていきたいと考えています。経済の話や消費税の話だけではなく、「日本人はどうあるべきか」。そんなことをしっかり考える勉強会にしていきたいと思います。これからの「日本の未来を考える勉強会」にどうぞご期待ください。

「現代貨幣理論とは何か」

最近、米国で急に激しく議論が交わされている「現代貨幣理論(Modern Monetary Theory(MMT)、『現代金融理論』とも訳されます)」をご存知でしょうか。

新しい経済理論とも思えそうですが、実際は、現在の私たちが使っている「貨幣とは何か」、つまり「貨幣の本質」について説明している理論です。ところが、これが今、米国で大論争を巻き起こしつつあります。

なぜ、ただの「貨幣の本質」について説明しているにすぎない理論が大論争になっているのか。

それは、この理論が説明している「貨幣の本質」が、私たちが通常考えている「貨幣の本質」とまったく異なる概念だからです。

そして、私たちが普通考えている「貨幣」の概念と、実際の「貨幣の本質」が全く異なるということは、一般的に信じられていて正しいとされている「経済政策」も、「貨幣の本質」を間違えているために「経済政策全般を間違える」という現象が起きているということなのです。

通常私たちは「貨幣」とは「資産」であると考えています。例えば、労働することによって「貨幣」という資産を得、その貨幣を使うことによって貨幣という資産を減らす。国の借金である国債は、国民の資産である貨幣を借りることによって資金調達しているということであり、国民が預金などの貨幣を持っている間は国も国債を発行することができるが、そのうちに国民の預金という資産が枯渇してしまうので国債を発行することができなくなり破綻するということが一般に信じられています。

ところが、現代貨幣理論(MMT)は、下記のように主張しています。

貨幣の本質とは、資産ではなく負債である。ニクソンショックによって金本位制が完全に終わりをつげ、管理通貨制度に移行した現在においては、通貨とは金などの実体のあるものに裏付けられた「資産」ではなく、単なる帳簿記録上の「負債」に過ぎないものとなった。

国の経済成長を実現させるためには、政府は「財政赤字」であるのが通常の姿であり、政府が財政赤字を容認することによって民間に貨幣が新たに供給されるのである。政府が赤字を容認することにより、皆が豊かになる経済成長が実現するのである。

経済が成長するためには貨幣の供給を拡大していく必要があり、そのためには負債の拡大が必要である。そして、負債の拡大とは、「預金を持っている人がいるから借金ができる」のではなく、「借金をすることによって預金が生まれる」のである。銀行による「信用の創造」とは、「銀行が貸付を行うことによって預金通貨を新たに創造することができる」ということであり、これは「万年筆マネー」とも言われる。

この理論で衝撃的なのは、通常は「銀行は国民から預金を集め、その預金を企業などに貸し付けている」と考えられていますが、これがまったくの間違いであるということなのです。

銀行による融資とは、実際は下記のように行われます。

銀行は、融資を行うときにあらかじめ預金を準備しておく必要がない。「銀行が融資をする」、ということは、銀行から見て「貸付金」という「資産」と「銀行預金」という「負債」を「帳簿に書き込む」作業である。銀行がこの帳簿上の記録をすることによって企業は「銀行預金」という「資産」を得るとともに「借入金」という「負債」を負うことになる。(この作業をすることによって、銀行は「預金」という負債を新たに負うことになる。つまり、貨幣の本質とは負債である。)このように、銀行が帳簿に融資を記録することによって新たに預金通貨が発行されるのである。

このようなことを言われると「そんなばかな!」というように感じられるかも知れません。しかし、銀行実務は実際、このようになっています。もちろん、準備預金制度などがありますので、現実にはある程度の預金を集めることは必要ですが、融資の原理は上記の通りなのです。

私たちが日常使っている紙幣にも「日本銀行券」という印字がありますが、これは「日本銀行の負債である」ということを表しています。実際に日本銀行の貸借対照表を見ると、日本銀行の貸借対照表を見ると、現金は日本銀行券として「負債の部」に計上されています。

これらの「貨幣の本質」をもとに今後考えるべき政策を考えると、経済政策の柱は下記のようになります。

①管理通貨制度の下では、主権国家は自国通貨をもっている場合、通貨発行権を有するために、国債が破綻することはあり得ない。したがって、日本や米国などでは財政破綻を心配する必要がないので、必要な財政支出は財政赤字を気にすることなく拡大することができる。

②しかし、野放図な財政支出拡大を意図するものではなく、真の国債の発行制約はインフレ率による。

③租税とは、政策経費を賄うために徴収されるものではなく、インフレ率の調整や各種の政策目的のために徴収されている。政府の財源として考えるべきではない。

右記①については、日本の財務省もホームページ上で下記のように主張しています。

「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。」(財務省ホームページ「外国格付け会社宛意見書要旨」より)

デフォルトとは「債務不履行」つまり「返済不能になること」を意味しますが、財務省は明確に自国通貨建て国債が返済不能になることはあり得ないと言っているのです。

これは、国は通貨発行権を持つ「中央銀行」が存在しているため、いくら国債の買い手がいなくても、言い換えれば国が借金したい時に国民の誰もが貸してくれない状態になったとしても、最後は中央銀行である日本銀行が貸してくれるし、貸してくれないことは通常考えられないので、国債発行により資金調達が不調に終わることは考えられず、したがって返済不能になることも考えられないということなのです。

実際に、日本銀行はすでに日本国債を466兆円も持っています。平成30年12月末現在の国債残高は1013億円ですが、そのうち46%は日本銀行の保有になっています。

皆さん、不思議に思いませんか?

日銀は、国債を466兆円も持っているのです。日銀は、いつからそんなに国債を買えるだけのお金を持っていたのでしょうか?

いいえ、日銀は当初からそんなお金は持っていませんでした。ところが、日銀は通貨発行権を持つので、国債を買い入れる時は「帳簿に記録するだけで買うことができる」のです。まさに「万年筆マネー」を実現しています。

実は、この理論については、私の主宰する「日本の未来を考える勉強会」では一昨年から取り上げていました。ぜひインターネットで勉強会の模様をご覧ください。この現代貨幣理論について解説している動画が3本あります。一昨年は「貨幣と租税」 。昨年は「貨幣と経済成長」。そして今年は「よくわかる現代貨幣理論(MMT)解説」というタイトルで見ることができます。

この理論がにわかに注目されたのは、米国の最年少女性下院議員のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏が「MMTを使ってもっと財政支出を拡大すべき」という主張をしており、これを理論的に支えているのが民主党大統領候補であるバーニー・サンダース氏の政策アドバイザーであるステファニー・ケルトン教授である、という構図です。

今年の3月13日のブルームバーグの記事です。

「現代金融理論」にわかに脚光
米財政赤字拡大や「AOC」効果で

(一部省略して転載します)

何年も無視されてきたMMTが、なぜ今になって突如、米国の経済論議の焦点となったかを巡っては当然、疑問が生じる。次に幾つか考えられる答えを挙げてみる。

MMTの論旨は、自国通貨を持つ政府の支出余地は一般的に想定されるよりも大きく、全てを税金で賄う必要はないというものだ。この見解によれば、米国はいかなる債務返済に必要な貨幣も創出できるため、デフォルト(債務不履行)に追い込まれるリスクはゼロということになる。

米国の政治にMMTを持ち込んだのはバーニー・サンダース上院議員だ。しかし、サンダース議員がMMTをはっきりと支持したことはない。

支持を明確にしたのはサンダース議員の選挙運動に参加したこともあるニューヨーク州選出の新人議員で、AOCの頭文字で知られるアレクサンドリア・オカシオコルテス氏だ。オカシオコルテス氏はMMTについて、「会話でもっと盛り上げる」べきだとし、議会がその「財政権」を動員するよう呼び掛けている。

MMTの措置を本格的に活用したとほぼ言える国は日本だろう。日本では20年前に金利がゼロに達し、日本銀行が一部ファイナンスしている公的債務残高はGDPの約2.5倍の規模にある。

赤字続きでもインフレ高進はなく、債券市場からの資金逃避の動きもない。

米国トップの大学の著名エコノミストは一斉にMMTを批判している。ハーバード大学教授で元財務長官のラリー・サマーズ氏は、「重層的な誤り」があると論評。ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏や、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストを務めたオリビエ・ブランシャール氏もMMT攻撃に加わった。と同時に、こうした著名人らから、公的債務懸念は行き過ぎだとして赤字拡大の支出に好意的な姿勢が見られるのも最近は多くなってきた。

ここでは、日本がすでにこのMMTを実際に意図しないうちに実証しているのではないかと指摘がされています。

この貨幣論の概念を「資産」から「負債」へと変えるのは、まさしく「天動説」から「地動説」へと概念を変更した「コペルニクス的転換」と言えるかも知れません。。今までの主流派経済学を使い、実践してきた経済学者から反発されるのは当然なのでしょう。実際に、この理論を米国で提唱しているケルトン教授は下記のように述べています。以下、4月17日の朝日新聞の記事より抜粋します。

「天動説から地動説へと私たちの考えが変わるまでには時間を要しました。いま私たちは租税が中心にあって、経済がその周りを回っていると考えています。増税がなければ、よい経済は築けないと。しかし、「コペルニクス的転回」は近づいています。じきに私たちは、租税は分配をコントロールしインフレリスクに対抗するものである、と考えるようになるでしょう。天動説から地動説へのような、思考の大きな飛躍が求められています」

今、日本では『消費税増税について最終的にどうなるのか』という議論がされています。

しかし、今日お話ししたように租税とは政策経費を賄うものではなく、インフレ率を調整するために存在するのだとしたら、また、自国通貨建ての国債が返済不能になることはあり得ず、日本の財政破綻の心配はまったくないのが本当だとしたら、大きく政策転換をする必要があるのではないでしょうか。

私の勉強会では、以前から貨幣の概念が重要である、という観点からこの現代貨幣理論を取り上げてきました。それに基づいて、消費税増税の凍結や減税を主張してきました。

ここで米国からこのような議論が沸き起こってきたことは、まさに「神風」というべきかも知れません。デフレ脱却ができずに苦しむ日本をきちんとした経済成長路線に戻すためにも、既存の誤った概念に基づいて立案される誤った経済政策を繰り返すのではなく、正しい貨幣の概念を理解し、経済成長を取り戻すための正しい経済政策を実践していかなくてはなりません。

財務省はこの現代貨幣理論を大いに警戒し、早速反論資料を取りまとめて公表しています。新聞記事にも必ず「異端の理論MMT」といった否定的なタイトルが並びます。

しかし、私は、長い間デフレから脱却できず貧困化する日本を成長路線に戻すために正しい政策を主張していきたいと考えています。

ぜひ日本の未来を考える勉強会の動画を見て、現代貨幣理論への理解を深めていただきたいと思います。ご希望であれば、私も説明に伺いますので、お声掛け下さい。

どうぞよろしくお願いいたします。

はやぶさ2の快挙と「中国製造2025」の衝撃

2月22日、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」に着陸を試み、成功したというニュースが流れてきました。はやぶさの初号機で培った技術力を生かし、さらに失敗を教訓として何度も訓練を繰り返し、何としても成功させるという関係者の皆さんの不断の努力に心から敬意を表したいと思います。

しかし、この計画も非常に少額の予算で運営されています。

翌23日の日本経済新聞の記事の見出しは下記のとおりです。

「宇宙小国日本 技で勝負 はやぶさ2着陸~少ない予算で生きる道~」

そして、記事は下記のように書かれています。

「(中略)宇宙開発にかける資金では、日本は米中に遠く及ばない。米国は航空宇宙局(NASA)だけで年間予算は約200億ドル(約2兆2千億円)。防衛関連も含めると、4兆5千億円前後と推定される。中国の予算は明らかでないが、米国に匹敵するとみられる。
日本はJAXAの予算は約1800億円で、防衛省の宇宙関連予算を合わせても3千億円足らずだ。米国の10分の1にも満たない。
はやぶさ2の費用は289億円。惑星探査機より1ケタ少ない水準だ。少ない予算の中ではやぶさ計画で培った技術とノウハウは日本にとって大きな武器になる。」

これを読んでも、いかに少額の予算でこの計画が運営されているかがわかります。多額の予算をかければいいというものではない、ということもわかりますが、それにしても日本は米中に比べて非常に不利な条件の下で研究が行われているのです。

「中国製造2025の衝撃」という本があります。今年の1月に出版された本ですが、著者は遠藤誉さん。中国生まれ中国育ちの日本人で、中国の現在の真の姿について、さまざまな著作を著している方です。

「中国製造2025」とは、製造業を強化して2025年までに「MADE IN CHINA」の製品を70%まで高めることを国家目標に掲げるという意味です。

中国は、いまでも世界の工場として、さまざまな製品を作っています。しかし、基幹部品は日米などから調達しており、このままではただの組み立て工場に過ぎません。これを脱却し、本当の製造業の実力をつけようとしているのです。「まえがき」から一部抜粋してみます。

『中国は2015年5月に「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」という国家戦略を発布し、2025年までにハイテク製品のキー・パーツ(コアとなる構成部品、主として半導体)の70%を「メイド・イン・チャイナ」にして自給自足すると宣言した。同時に有人宇宙飛行や月面探査プロジェクトなどを推進し、完成に近づけることも盛り込まれた。

アメリカや日本を中心として運営されている国際宇宙ステーションは、2024年あたりに使用期限切れとなることを見込んで、中国が中国独自の宇宙ステーションを2022年までには正常稼働できるようにする国家戦略が〔2025〕に潜んでいるのである。

トランプ政権は2017年3月以来、米中の貿易不均衡と知的財産権侵害などを理由に中国からの輸入品に高関税をかけ、中国も報復関税で応酬するなどして米中貿易摩擦を生んでいるが、トランプが怖れているのは、〔2025〕により中国がアメリカを追い抜くことである。

一つには、ハイテク分野において半導体などに関するコア技術さえあれば、それはスマホやパソコンといった日常のハイテク製品のみならず、軍事にも宇宙開発にも応用することができるからだ。

(中略)

そこで習近平は2013年が明けるとすぐに、中国アカデミーの一つである中国工程院に命じて「製造強国戦略研究」に着手させ、2015年の〔2025〕発表に至ったわけである。

と同時に「中華民族の偉大なる復興」を実現する「中国の夢」を政権スローガンとした。

これは1840年のアヘン戦争以来、中国が列強諸国の植民地となった屈辱から抜け出して、アヘン戦争前の中華民族の偉大なる繁栄を復興させようというものだが、習近平政権誕生前夜の反日デモを考えると、その心には「再び日本からの屈辱を受けてはならない」という要素が大きなパーセンテージを占めていただろうということは十分に推測される。

ところが、2017年1月にトランプ政権が誕生すると、事態は一変してしまった。

「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ大統領は、2017年末あたりから対中強硬策に出始め、米中貿易戦争を通して、なんと〔2025〕を阻止し始めたではないか。

アメリカにとっては、〔2025〕が成功すれば、アメリカは世界のトップリーダーの地位から転落する危険性を持つ。だからトランプは宇宙軍の創設を提案しているくらいだ。

習近平にしてみれば、「反日」を軸として中国共産党統治の正当性を強調して、一党独裁体制を維持しようというもくろみと、反日デモをおこさせてはならないという相矛盾する葛藤の中で、一刻も早く〔2025〕を完遂しようと焦っていた。永遠の後進国から抜け出し、「量より質」で勝負できる国にならなければ、「中華民族の偉大なる復興」を目指す「中国の夢」は実現できない。それを実現するまでは退けない。だから、習近平は2018年3月に国家主席の任期制限を撤廃して、せめて〔2025〕はやりとげようとしていたのである。

しかし中国は今、トランプが仕掛けてきた米中貿易戦争は〔2025〕を破壊させるためであり、中国の特色ある社会主義国家を崩壊へと導くためであると解釈するに至っている。だから一歩も引かない。〔2025〕はトランプの攻撃により、今や社会主義体制を維持できるか否かのデッドラインと化してしまったのだ。』

では、この状況で中国はいかにして〔2025〕を実現しようとしているのでしょうか。

一つは人材の獲得です。外国人はもちろんですが、このような米国の戦略を考えると、外国人に頼るわけにはいきません。そこで、中国国内での人材育成に力を入れ始めているのです。

もう少し抜粋してみます。

『胡錦濤政権時代(中共中央総書記としては、2002~2012年、国家主席としては2003~2013年)に入ると、2008年からは「千人計画」、2012年からは「万人計画」を立ち上げて、外国人を含めた世界トップ人材のヘッドハンティングを始めている。この計画は次世代を担う若き研究者たちを養成するために、大学や研究所に世界のトップ頭脳を派遣するのが主たる目的だ。人材資源の持続性を狙っている。(中略)

ただ注目すべきは、帰国留学人員の数は、改革開放以来の累計が、2017年度統計で313万2000人であるのに対して、第18回党大会(2012年11月)以降に帰国した留学人員の数は、231万3600人に達するという事実だ。2018年は改革開放40周年になるが、習近平政権になってから帰国した留学人員の数が、40年間のうちの73・87%を占めていることから、いかに習近平がコア技術を緊急に高めようとしているか、その緊迫性がうかがえる。』

このように中国は、誰もが認識できる国家目標を設定し、その実現にむけて行動を起こしています。明確に予算を増額し、予算とスローガンの両方を使って国民の意識を高め、誇りを取り戻し、強い国を作ろうとしているのです。そしてそのために必要な人材への投資を怠りなく進めています。

実は、かつてこれと同じことをやっていた国があります。他でもない、日本です。

明治維新のころの日本は、欧米列強に追い付くべく、多くの留学生を欧米に派遣し、また巨額の予算を投じて諸外国からお雇い外国人を受け入れ、最先端の知識・技術の習得に努めました。留学生たちはその後帰国し、日本人の手で日本人の教育を施すことができるようになりました。その結果、日本は瞬く間に欧米列強と肩を並べる「大国」の一角を占めるようになったのです。人材への投資を怠りなく、そしてスローガンは「富国強兵」であったのです。分かりやすい国家目標と確実な人材投資が豊かで強い国を作ります。これを実践してきたのが、わが国だったのです。

しかし、今の日本はその面影はありません。大学に対する運営費交付金や科学技術予算が削減され、国公立大学の授業料もかつてのように数万円ではなく、年間60万円ほどかかることになっています。これらの予算の削減により、論文数が世界に比べて激減しているのはよく知られているところです。外国人留学生の受け入れには非常に積極的で、給付型奨学金の予算も潤沢についていますが、日本人に対する奨学金は貸与型。給付型の奨学金は昨年からようやく開始された程度。それまでは貸与型の奨学金がほとんどで、多くの学生は、社会に出たそのときから多額の奨学金返済に追われることになっています。

今の日本は、外国人には非常に優遇措置があり予算もつけるけれども、日本人に対しては非常に厳しく、「自己責任」の名のもとに教育も自己負担でするようにとなっているのです。

しかも、国のためのスローガンというものがなく、「グローバル人材」といういわば「無国籍」の人材育成を奨励し、国のために働くということはばかばかしいことのようになり、自分の利益追求のために転職を繰り返し、起業し、金儲けをした人が「成功者」のように称えられています。これでは、明確な国家戦略を立て、国家予算を投入して科学技術立国を目指している中国に勝てるはずがありません。

日本の10倍の人口を持ち、日本の3倍の経済規模を持つ中国を、いつまでも「後進国」のイメージでとらえていると、大変なことになります。日本では入管法の改正により外国人の受け入れを本格化していくことになりましたが、外国人に門戸を開いて真っ先に来るのは、一番近くて人口の多い国からと考えるべきでしょう。さらに日本は投資市場も開放していますから、近くて経済規模が大きく、人口も多い国が巨額の資本と人員を一気に投入してきたらどういうことが起きるか。想像に難くありません。

国会においても、行き当たりばったりの議論ではなく、将来の国家はどうあるべきなのか。そのための予算編成はされているのか。そういう議論がなされるべきですが、残念ながらそういう議論はほとんど行われず、スキャンダルや不祥事の追及ばかりになっているのが現状です。日本の政治の在り方そのものが問われていると思います。

-「ひろしの視点」第54号(2019年2月)より-

イギリスのEU離脱の行方

~英国内で起きていることと、グローバリズムの弊害~

イギリスのEU離脱が混迷しています。

ご承知のとおり、メイ首相が提案した離脱案は議会で否決され、その後修正案を提示しても可決できる見込みは極めて低くなっています。

これにより、合意なき離脱が現実となり、その後のイギリスとEUとの貿易をはじめとするあらゆるモノやヒト、カネの動きは相当混乱することが予想されます。

しかし、イギリスのEU離脱は、実は将来の英国にとっては良い選択である、ということができます。グローバル化が進展し、ヒト・モノ・カネの動きを自由にすれば、必ず経済成長して皆が豊かになれる。そういう発想でヨーロッパの経済統合は進められてきました。

しかし、EU圏内では、いま貧富の差が拡大し、さらに移民問題も大きな課題として浮上してきました。移民問題は、以前から存在していましたが、なかなか表には出て来なかったのです。というのは、移民を政治課題や社会問題として発言すると、「人種差別者だ!」とか「古い考え方だ!」「国粋主義者だ!」「極右だ!」みたいなレッテルを貼られてしまい、発言が封じられてしまい、冷静な議論ができなくなってしまうからです。

最近日本で発売された「西洋の自死」という本があります。これは、原題は「THE STRANGE DEATH OF EUROPE」ですから、直訳すれば「ヨーロッパの奇妙な死」となるのですが、文字通り、ヨーロッパはいま移民によって元々のヨーロッパとは異なるものに変貌しつつある、というのです。

どういうことか。この本の冒頭部分を書き出してみましょう。

「欧州は自死を遂げつつある。少なくとも欧州の指導者たちは、自死することを決意した。欧州の大衆がその道連れになることを選ぶかどうかは、もちろん別の問題だ。

私が「欧州は自死の過程にある」と言うのは、「欧州委員会の規制の重みが耐えがたくなっている」という意味でもなければ、「欧州人権条約がある特定のコミュニティを十分に満足させてこなかった」という意味でもない。「私たちの知る欧州という文明が自死の過程にある」という意味である。英国であれ西欧の他のどの国であれ、その運命から逃れることは不可能だ。なぜなら我々は皆、見たところ、同じ症状と病弊に苦しんでいるからである。結果として、現在欧州に住む人々の大半がまだ生きている間に欧州は欧州でなくなり、欧州人は家と呼ぶべき世界で唯一の場所を失っているだろう」

出だしから衝撃的な書き出しなのですが、その後、英国の様子が書かれている部分があります。それも長いですが、一部抜き出してみます。

『少数派になった「白人の英国人」』

「欧州で進行しつつある変化の規模と速度を理解するには、ほんの数年ほど時代をさかのぼり、現在の移民危機が発生する以前の、「正常な」移民が行われていた時期に立ち返ってみることが有効だ。また最近の混乱からは多少なりとも距離があった頃の国家について考察することも無駄ではあるまい。

2012年に英国内のイングランドとウエールズにおける最新の国勢調査の結果が発表された(調査の実施は前年)。そこには前回の国勢調査以降の10年間で、英国がどれほど変わったのかが示されていた。ここで2002年当時のある人物が、その国勢調査から見出した事実を基に、次の10年間を予測したと仮定しよう。その人物が次のように語ったとしたらどうか。「今後10年以内にこの国の首都では白人の英国人が少数派となり、イスラム教徒の人口が倍増するだろう」

こうした言説が果たしてどのように受けとめられただろうか。「心配性」「人騒がせ」といった言葉が間違いなく向けられ、果ては「人種差別主義者」や当時は新語だった「イスラモフォビア(イスラム嫌い)」のそしりを受けていた可能性も高い。いずれにせよ、そうした予測が温かく迎えられなかったことは確実だろう。疑う向きはその典型例を一つだけ思い起こしてみるとよい。2002年に「タイムズ」紙のある記者が将来の移民の動向に関して上記よりはかなりトーンを抑えた予想を書いたところ、デビット・ブランケット内相(当時)から「ファシズムすれすれ」だと糾弾されたのだ。

だがどれほど批判されたにしても、2002年にそのような分析を行った人々は完全かつ全面的に正しかった。2011年に実施され、2012年末に結果が公表された次の国勢調査によって、上記ばかりか、それを遥かに超える事実までが明らかになったのだ。イングランドとウエールズの居住者中、国外で生まれた人々の数は、直近の10年間で300万人近く増えていた。またロンドンの住民の中で、自らを「白人の英国人」と回答した人々はわずか44・9%だった。さらにイングランドとウエールズに住む人々のうちの300万人近くは、英語を主たる言語とする成人が1人もいない家庭に属していた。

これらは歴史的に見ても、一国の人種構成として極めて大きな変化ではある。英国ではしかし、宗教から見た人口構成に関しても同じように特筆すべき変化が起きていた。たとえば同年の国勢調査では、キリスト教を除くほとんどすべての宗教で信者数が増えていることが明らかになっている。昔ながらの英国の国民的宗教だけが唯一、急激に衰退しているのだ。前回の国勢調査以降、自分はキリスト教徒であると回答した住民の割合は72%から59%に低下した。イングランドとウエールズに住むキリスト教徒の実数は400万人以上も減少し、3700万人から3300万人へと落ち込んだ。

キリスト教徒の信者数が激減するーそして今後も減り続けるだろうと予想されるー一方で、イスラム教の信者数は、移民の大量流入の影響もあって2倍近くに増えていた。2001年から2011年の間に、イングランドとウエールズに住むイスラム教徒の数は150万人から270万人に増加している。しかもこれは公式な数値に過ぎず、不法移民も含めればその数はもっとずっと多くなるはずだ。英国に不法入国したーつまりは国勢調査に回答する可能性の低いー人々は、少なくとも100万人はいると考えられる。また、最も急速にイスラム教徒数が増えた二つの自治区(10年間で20%以上の増加)は、そもそも英国きってのイスラム人口を抱えていたところだった(ロンドンのタワーハムレッツ区とニューハム区)。両区が属しているのは国勢調査に回答しない住民が英国内でも最も多い地域で、およそ5世帯に1世帯が未回答だ。これらすべてが示唆しているのは、ただでさえ目をむくような国勢調査の結果すら、実際の数字を大幅に下回っているだろうということである。それでもなお、そこから見えてきたものは衝撃的だった。

だが、1年かけても分析しきれないほどの内容だったにもかかわらず、国勢調査の話題はー一過性のニュースが総じてそうであるようにー2日もすると忘れられた。問題は、これが一過性の話題などではなかったことだ。それは英国の直近の過去と、直面する現在を説明するものであり、また避けがたい未来を垣間見せるものでもあった。

その国勢調査結果を分析すれば、どうにも動かしようのない一つの結論が見えてくる。すなわち大量移民は英国をまったく違うものに変えつつあるということだ(実際、すでに変えた)。2011年の英国は、もはや何世紀にもわたって続いてきた英国とはまるで異なる場所になっていたのだ。しかし、たとえばロンドンの33区中23区で今や「白人の英国人」が少数派になっているといった事実に対しては、国勢調査結果それ自体と同様に前向きな反応が寄せられた。英国の国家統計局(ONS)のあるスポークスマンは、この調査結果を大いなる「多様性」の表れだと歓迎している。

一方、政界とメディアの反応は、驚いたことにたった一つのトーンに凝縮されていた。主要な政党の政治家は皆、同年の国勢調査結果に対し、等しく祝福を送ったものだ。それは何年も前から変わらぬ風潮だった。2007年には当時のロンドン市長のケン・リビングストンが、ロンドンで働く人々の35%が外国生まれであるという事実を誇らしげに語っている。残る問題は、そこに最適な限度があるのかという点だった。ここ何年もの間、英国の変化に対して期待と楽観以外の感情を示すのは不適切であるかのような雰囲気があった。それを下支えするために、これは別に目新しい現象ではないのだという弁明がなされてきた。」


ダグラス・マレー著
中野剛志解説/町田敦夫訳
東洋経済新報社/2018/12/14刊

移民が英国という国柄を大きく変えてしまっている。私たち日本人から見れば、英国は「白人のキリスト教徒の国」というイメージがありますが、実態は大きく変貌しつつある。ロンドンでは白人は少数派になり、キリスト教徒は減少し続け、イスラム教徒が急速に増えつつある。しかも、エリート層はこれらの変化を「歓迎」するコメントを出し続けるのです。

そして、これら移民の受け入れは次の理由で正当化されると分析されています。

  • 大規模な移民は我々の国々の経済を利する
  • 高齢化する社会では移民を増やすことが必要だ
  • いずれにせよ移民は我々の社会をより文化的で、興味深いものにする
  • たとえ上記がすべて誤りでも、グローバル化が進む限り、大量移民は止められない

いま、日本でも入国管理法が改正されて外国人労働者の受け入れが拡大することが決定しましたが、日本でも同様の議論がなされたことは皆さんもご承知の通りです。

そして、日本の国会での議論は、外国人労働者の人権の話は議論されたものの、日本人社会にどのような影響を及ぼすのか、日本人社会を守るためにはどういう対策が必要か、といったことについては一切議論がされませんでした。将来の日本が、この本の英国のように変化していく恐れは多分にあります。しかし、エリート層の発言は、「少子化なので外国人の受け入れはやむを得ない」「多文化共生社会の実現は日本にとってよいことだ」「労働力不足が日本の経済成長の足かせになる」「グローバル化は避けられない。日本は鎖国していてはならない」という論調が主流になっています。まさに、この本の指摘通りの議論が日本でも行われているのです。

日本の報道では、イギリスのEU離脱はとんでもない選択である、という論調で報道されています。しかし、これらの実際に起きている現象を見ると、離脱の選択をするのは合理的な選択であるということができます。

問題は、離脱に至る道筋が極めて不透明で、混乱をきたす恐れがあるということです。離脱の道筋さえしっかりつけることができれば、英国内の混乱も一時期よりは落ち着き、経済的にも成長するでしょう。(EUから離脱すると英国が経済的に困窮するというのは当たらないと思います。なぜなら、英国がEUから離脱した後もEUと貿易するということは、日本や米国と同じ条件でEUと取引する、ということに他ならないからです。日本も米国も、EUに加盟していなくても普通に取引をしています。日米と同じ条件になるというだけの話です。)

恐らく、離脱することによって英国の労働者の賃金は上がり、関税が復活するので国内産業は保護され不当な安値で取り引きをしなくてはならない事態から解放されるでしょう。英国は通貨統合までしていなかったのが幸いし、財政政策も自由にとることができるので、経済政策も自由に英国民のために行うことができるようになります。問題は、それまでの移行コストがどの程度かかり、それに政治的なエネルギーをきちんと割くことができるかどうかという点だろうと思います。

EUでは、英国に続いて各国で離脱運動が大きくなりつつあります。フランスでも黄色いベスト運動が大きくなってきていますが、この運動も反グローバリズム運動です。日本では極右のおかしな政治団体の活動のように報道されていますが、実際は静かなデモを行っているようで、でも主張は決して極右ではなく、極めてまっとうな権利の主張であり、健全なナショナリズムを取り戻す運動であるようです。

世界の反グローバリズムの動きをどう捉えるべきなのか。日本も真面目に考えなくてはなりません。


-「ひろしの視点」第53号(2019年1月)より-

平成31年度予算案と30年度補正予算案が決定しました

平成31年度予算案と30年度補正予算案が決定しました。

補正予算案では、緊急インフラ総合対策として7兆円が確保されました。毎年決定されている今年の漢字に「災」が選ばれたように、今年は本当に災害の多い年でありました。地震、大雨、台風による風水害により全国各地で大きな被害が発生しました。京都南部でも地震や大雨、風害などで大きな被害が発生しました。

北海道では胆振東部地震が発生し、全道が停電となる「ブラックアウト」が発生しました。泊原発が動いていれば、このような事態は発生しなかったと言われています。苫東厚真火力発電所が泊原発の停止している分も引き受けて、北海道の電力の40%を供給していました。そこが停止してしまうと、とても全道の電力を賄うことはできないわけですが、そのための備えは全くされていなかったのです。

電力というものはとても難しい商品で、常に需要量に応じて発電量を調整しなくてはなりません。よく例えられるのは、栓の抜けているお風呂です。栓の抜けているお風呂に、蛇口から水を入れながら水量が一定に保てるようにしなくてはならないようなものが電力サービスだということなのです。そして、電話の場合には、回線が一杯になったら「話し中」になるだけで、一人だけがそのサービスを受けられないということになりますが、電力の場合は、需要と供給のバランスが崩れると、その供給地域全部が停電になる「ブラックアウト」が発生してしまうのです。これが発生しないように、電力会社は需要量を予想しながら発電量を調整しています。今のところ電気は大量に貯められないので、いつも余裕を持った発電設備を維持しながら発電量の調整をしているのです。

これがぎりぎりになると、どこかの発電所の不具合で全土が停電になることが当然予想されます。今回の地震は、まだ暖かい時期だったのでよかったのですが、もし厳冬期の北海道で同じようなことが発生したら、本当に大変なことになっていたでしょう。

今回の緊急インフラ点検では、全国で電力を含めた総合インフラ総点検を行い、ブラックアウト対策も含めて非常時に備えるインフラ整備が施されることになりました。

また、京都南部に住む私たちの生活に密着する宇治川や木津川の河川整備も盛り込まれました。河川敷地内に繁茂している樹木伐採、河床掘削、堤防強化なども行われることになりました。毎年、雨の時期になると心配していましたが、これらの整備が進めば少しは安心できるのではないかと期待しています。

これらのインフラ整備は、私の主宰する「日本の未来を考える勉強会」でも繰り返し提言してきた「公共事業予算の拡大」が一定の成果を出せたものだと思っています。特に、今年の豪雨災害を受けて提出した「自然災害大国における国土強靭化「投資」の財政措置に関する緊急提言」の内容が反映されています。この提言内容に比べると、まだまだ不十分なのですが、まずは第一歩が踏み出せてよかったと思っています。

また、来年度予算も100兆円の大台を超えました。例によって「放漫財政」や「財政再建に逆行」などの批判がされています。

しかし、この予算案についても、私たちの「日本の未来を考える勉強会」では、歳出拡大の提言をし、〝少なくとも名目経済成長率と同じだけ歳出拡大するのは合理的である〟という提案をしてきました。

経済成長しようとすれば、それだけ政府支出も拡大するのは当然です。政府支出拡大なしに経済成長するには、民間がそれを補って余りあるほどの支出拡大をしなくてはなりませんが、デフレマインドの染み付いた民間企業に、いきなり支出を拡大して給料アップや設備投資をしろといっても、それは無理です。したがって、デフレ完全脱却までは政府が率先して支出を拡大し、景気回復をリードする必要があるのです。

特に人々の暮らしを守るための公共事業予算の拡大を躊躇すべきではありません。しかも、このような政府支出の削減を続けた結果、日本の経済成長は止まり、地方が衰退して東京一極集中が加速していきました。

来年は、世界の経済も先行き不透明です。本日(12月20日)には、来年の世界経済の見通しが不透明ということで日経平均株価が急落し年初来最安値となりました。10月には2万4487円だったものが2万392円となり、たった2か月で4000円も下落しています。

米国もトランプ大統領の行動の予測が難しく、中国の経済の減速や米中摩擦も危惧されます。イギリスのEU脱退はどのような結末を迎えるのか。フランスでは国内で反政府デモが勢い付いています。これは、反EU・反緊縮財政・反グローバリズムの運動と言われています。イギリスがEUから離脱したのに続き、フランスもそのような世論が大きくなりつつあります。もちろん、フランスは通貨統合までしているために、イギリスよりももっとEU離脱は難しいとは思いますが、それでも反EU・反緊縮・反グローバリズムの動きは大きくなるでしょう。

世界経済が先行き不透明な現在は、できるだけ内需主導の経済にしておくべきです。それが国民生活の安定につながります。決して鎖国をしろとか、排外主義にしろと言っているわけではありません。そして、日本国内には防災対策をはじめとしてやらなくてはならないことが膨大にあるのです。これらに予算を付けるだけで、もともと内需主導型の経済である日本は確実にデフレ不況から脱却し、世界経済の変調に一喜一憂することなく安定して経済成長できるのです。

これからも必要なところには確実に予算を付け、経済成長と地方創生に貢献できると共に、人々の暮らしの安心安全を守り、豊かにする政策の実現に尽力して参ります。

-「ひろしの視点」第52号(2018年12月)より-

あんどう裕と語る会 in 東京のお知らせ 1月19日(土)15:00~

★あんどう裕と語る会 in 東京永田町のお知らせです。

日 時  平成31年1月19日(土) 15時00分~17時00分 

会 場  Vision(ビジョン) Center(センター ) 永田町 8階803会議室

  住所:東京都千代田区永田町1-11-28 

    合人社東京永田町ビル8階[自民党本部隣り] TEL:03-6262-3553

東京メトロ 有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町駅(3番出口)」 徒歩0分

東京メトロ 銀座線・丸の内線 赤坂見附駅 徒歩5分

 

★国会議事堂見学ツアー(語る会の前に希望者の方に国会をご案内します)

  • 13:20ご集合/13:30~ご見学
  • 集合場所:衆議院議員面会受付所

★懇親会〈懇親会参加者のみ、会費5,000円〉

場  所   MADUREZ〈マドゥレス〉 17時30分~ 

          東京都千代田区平河町2-16-1 平河町森タワー1F  

          TEL:03-3261-4484

語る会は参加費無料でどなたでも参加できます。参加希望の方は

h12690@shugiin.go.jp  に参加希望のメールをお送り下さい。

 

カルロス・ゴーン氏逮捕の衝撃

日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏が逮捕されました。世界を揺るがすトップニュースとして世界中に報じられました。私自身もこのニュースを聞いたときは本当に驚きました。

あれほどの大企業で、経営者の報酬を正しく開示しないということはあり得ないと、今でも思います。実際に犯罪行為があったのかどうかは、いま捜査中ですから論評するのは差し控えます。ここでは、ゴーン氏という経営者が登場したことによって、日本の上場企業経営に大きな影響があったことを論じてみたいと思います。

ルノーに救済された頃の日産自動車は、確かに経営不振にあえぎ、どこも救済の手を差し伸べていない状況でした。「技術の日産」というブランドにおぼれ、経営改革もできないままに経営が悪化し続けるという状況であったのは事実でしょう。そこにルノーが名乗りを上げて、経営者として乗り込んできたのがゴーン氏でした。瞬く間に経営を立て直し、業績をV字回復させて世間を驚かせました。日産の救世主として社内外問わず尊敬され、求心力を強めました。ルノー本体においても評価は上がり、経営中枢として信頼される経営者となりました。

企業の業績をV字回復させるためによく使われる手法は、まず含み損を抱えている固定資産の売却、固定資産や在庫の評価損を行い、新経営者が就任した年には大赤字の決算にして徹底的に資産のスリム化を図る。つまり、過去のお荷物となっていた資産を整理して身軽になり、資産も売却できるものは売却して負債の返済に充て、次年度に備えるのです。この貸借対照表のスリム化を行うことが経営改善の第一歩となります。資産を縮小することは、翌年度以降の費用を削減する効果があります。

また、損益改善としては、取引先にも大幅なコストカットを頼みやすい状況であり、社員の解雇などリストラもやりやすい状況です。いわば経営危機を利用し、外国人による会社買収という劇薬を飲むことによって会社の体質を劇的に改善したのです。ゴーン氏は「コストカッター」とも呼ばれるように、非常に厳しくコスト管理を行っていたことは想像に難くないところです。

このコストカットの手法は、他の大企業に大きな影響を与えたものと思います。そして、親会社のルノーに多額の配当を支払い、自身も巨額の報酬を受け取ることとなります。

これらが、株主配当と役員報酬の大型化、株主中心の資本主義へと日本企業が変化していった大きなきっかけとなりました。取引先や従業員に対する支払いはできるだけ安く。配当は大きく。優秀な経営者にはそれにふさわしい報酬を。一つひとつの言葉は、経営理論的には「その通り」と思うものの、社会全体で見ると、経済の停滞をもたらし、格差の拡大を招く「新自由主義」の弊害が発生してしまうのです。

かつての日本型経営は、そうではありませんでした。以前の〝ひろしの視点〟でも紹介したソニーの前身、東京通信工業の設立趣意書にはどのような記述がされているか。以下に一部抜粋してみます。

東京通信工業株式会社設立趣意書 [抜粋]

1946年(昭和二十一年)1月、ソニーの創業者の一人、井深 大(最高相談役)が起草した。

一、不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず

一、従来の下請工場を独立自主的経営の方向へ指導・育成し、相互扶助の陣営の拡大強化を図る

一、会社の余剰利益は、適切なる方法をもって全従業員に配分、また生活安定の道も実質的面より充分考慮・援助し、会社の仕事すなわち自己の仕事の観念を徹底せしむ。

東京通信工業株式会社は、1958年(昭和三十三年)社名を現在のソニー株式会社に変更

利益は取引先にも従業員にも、適切に配分することが明記されています。株主配当の最大化や経営者報酬の最大化はうたわれていません。

ゴーン氏の登場が象徴的であったと思うのは、このような理念に基づく日本型経営が否定されて、欧米型の株主利益追求型の経営が推奨されるようになる転換期に登場した外国人経営者であったということです。日本企業が経営不振に陥っていた時にその不振を劇的に改善し、その経営手腕が評価され、他の企業の模範とされました。日本型経営は古い。日本人じゃだめだ。欧米人は優れている。新しい欧米型の経営に変わらなくてはならない。ほんの少し前までは「ジャパンアズナンバーワン」と言っていたのに、一気に逆の発想に転換していったのです。

この経営者の発想の転換と政府の緊縮財政が相まって、日本の長期停滞、デフレ不況が継続する大きな要因となりました。失われた20年、そして就職氷河期を生み出してしまい、第三次ベビーブームを起こすことが出来ずに、現在の人口減少社会となってしまう結果となっています。

これらの発想を転換し、利益は適切に関係者に配分し、未来への投資と社会に還元することが必要なのです。かつての日本企業がもっていた社会に貢献し従業員の生活を守る企業の思想を取り戻してもらいたいと切に願っています。

-「ひろしの視点」第51号(2018年11月)より-