あんどう裕と語る会in井手町のお知らせ7月28日(日)18:30~

次回、あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 井手町
 日時:令和元年7月28日(日)18:30~20:00
 場所:井手町商工会館
 住所: 綴喜郡井手町井手橋ノ本14-3
 電話:0774-82-4073

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

新しい御代になりました

5月1日から新しく天皇陛下が即位され、令和の時代が始まりました。

上皇陛下におかれましては、30年あまりのご在位の間、本当に国民のためのお勤めをしてくださり、心から感謝申し上げます。これからは上皇后陛下とともに、末永く健やかにお過ごし頂きたいと思います。

また、新しく即位された天皇陛下におかれましては、心からお慶び申し上げます。令和の御代が日本国民にとって平穏な時代になりますように、我々も精進してまいります。

今回の御代替わりは、昭和から平成に代わるときと異なり、国民が心からお祝いをできる環境でした。前回は先帝の崩御によるご即位でしたから、心からお祝いを申し上げることも憚られる状況でした。今回は、そういう意味では国民が一つになってお祝いできたことはとてもよかったと思います。

世界も注目した御代替わり。これから様々な儀式が予定されています。

現行憲法下で政教分離の建前があり、これを真面目過ぎるほど気にして儀式が組み立てられています。個人的には、政教分離をそこまで気にしなくてもいいのではないかと思います。米国でも、大統領就任式では聖書に手を置いて宣誓を行います。それぞれの国の成り立ちを考えたとき、宗教とは切っても切り離せないのが本当のところです。それを無理に分離させようとすると、どうしてもどこかに歪が出て来ます。

天皇の存在は、どうしても神道と切り離せません。

現行憲法下では、天皇の地位は第一条に「日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴」であって、その地位は「主権の存する国民の総意に基づく」と規定されています。

これは、『憲法があって、そのうえで天皇が存在する』というように読めますが、実際はそうではありません。現行憲法ができるはるか以前から、天皇は存在しているのです。天皇の歴史は日本の歴史そのものなのです。天皇陛下が存在しなければ、日本国はそもそも存在していない。そのことが、現行憲法の規定ぶりでは分からなくなっています。

大日本帝国憲法では、天皇についてはこのような規定でした。

「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」

私は、これが本来の憲法の規定すべき文言であろうと思います。一点だけ修正すべきなのは、「統治す」ではなく「治らす(しらす)」とするべきでしょう。これは、日本書紀の『天壌無窮の神勅に由来する言葉にするべきだ』という趣旨です。『天壌無窮の神勅』とは次のような文言になっています。

「葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王たるべき地(くに)なり。宜しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)いて治(しら)せ。さきくませ。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、まさに天壌(あめつち)と窮(きわま)り無けむ」

大日本帝国憲法は、まさにこの神勅を基にして、きわめて短文ながら正確に天皇の地位を規定しています。ただ、「統治す」という言葉を使ったのが問題で、天皇主権という形が強くなってしまいました。日本における天皇の存在は、武家政治が確立されたころからは明らかに権威と権力を分離していたところに特徴があります。日本最高の権威は、政治権力とは分離されたところに存在していたのです。

明治維新の精神もそうだったのかも知れませんが、明治憲法は、大政奉還により天皇に政治権力を持たせようとしたところがあります。本来は、第一条で先ほど書いたように「大日本帝国は万世一系の天皇これを治らす」としておき、「その他の規定はすべて法律で規定する」という形が一番良かったのでしょう。欧米先進国の仲間入りをするために、憲法を規定しなくてはならないという意気込みで憲法を作ったのは良かったけれども、結果的に憲法の不備により軍部の独走を抑えることができず、不幸な戦争に突入していったことは周知の事実です。

本来、日本が手本とすべきだったのは、イギリスであったのだろうと思います。イギリスは、日本のような成文憲法を持たない「不文憲法」の国です。つまり、それまでの歴史で培われてきた「国民の常識」が最も重視され、憲法の役割を果たしているのです。

日本もこれから憲法を作るなら大日本帝国憲法第一条のみを規定し、その他は法律事項にしておくような考え方もできるのではないでしょうか。そうすれば、憲法改正で大騒ぎをすることもなく、法律であれば修正が必要なら国会の議決で修正できるようになります。ただ、手を付けてはならないのは「万世一系の天皇が治らす国である」という点だけであるということです。

そしてもう一つ、現行憲法第二条「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」を修正して残したほうが良いかも知れません。

現行の規定では、皇室典範が国会の議決により決めることになっています。つまり、権力の下に権威が置かれているのです。これは明らかに日本の国柄には合いません。日本最高の権威を権力の下においてはならないのです。従って、皇室典範は皇室で決める。国民はそれをお支えする。そのような規定にしておくべきなのです。

昨今、女性天皇や女性宮家創設に向けての議論を加速すべし、ということを言う人が増えてきました。国会議員の中にもその意見があり、また、先の皇室典範特例法を決めた時の付帯決議にも書かれてしまったので、議論が加速する恐れがあります。しかし、現在のままの流れでは、「今の時代に合った皇室典範にするべきだ」という雰囲気で皇室典範の改定がなされてしまう可能性が極めて高いと思います。本来の日本が最も大切にしなくてはならない「万世一系の天皇」をこれからの子孫に残すことができるのか。『今の時代に合う』ということは、将来の時代には合わない可能性があるということです。そんな安易なものより、長い歴史の中で守り続けられてきたもののほうが、よほど大事ですし安定しています。これを、現代の価値観で変えようなどとおこがましいことは考えないほうが良いのです。

いずれにしろ、新しい御代をいい時代にしなくてはなりません。そして、皇室の今後未来永劫の弥栄をお支えすることが、私たちの役割だろうと思います。

「日本の未来を考える勉強会」の活動を再開します

一昨年から始めた私が主宰する「日本の未来を考える勉強会」の活動を再開します。

政務官に就任して以降、時間的な余裕がなく、また政府に対して批判的な言動を制限される立場でもあり、昨年の臨時国会中は勉強会を12月に一度開催しただけで、あまり活発には活動できませんでした。

しかし、政務官に就任して半年ほど経過して仕事のペースが掴めてきたこともあり、勉強会を改めて再開することとしました。

とは言え、内閣の一員である政務官の立場がありますので、内閣の方針と異なること(例えばいままで主張してきたような「消費税は減税すべき」ということ)は言えません。従って、当面は、いままで考えてきたけれども触れていなかったテーマについて、講師の先生方をお呼びして話を聞く勉強会にしようと考えています。

今の日本の状況は、かなり危機的状況にあります。最近世間でもやや知られるようになってきましたが、この20年余りの間、世界は順調に経済成長しているにも関わらず、日本だけがその成長に取り残されてきました。世界中の国民はそれぞれ豊かになっているのに、日本だけは国民が貧困化しているのです。

この間の日本の政策は、「財政健全化の旗印を掲げた緊縮財政」「既得権益の打破を叫ぶ規制緩和と自由化・民営化」「グローバル化を合言葉に進められる米国化」でした。これらのことが、日本の経済成長を阻害していることは、この「ひろしの視点」をお読みいただいている方にはいつもお話していることなので、よくお分かり頂けると思います。

さらに、「少子化は国難」と言いながら少子化をさらに進める「女性の社会進出」を促進し、子育ては家庭ではなく社会で行うべきと言わんばかりの「ゼロ歳から保育園へ」「保育園で11時間保育」といった政策が推し進められています。

働きたい女性が働くことには賛成しますが、そうではなく、家で子育てに専念したいと考えている女性まで「子供を預けて働かない女性は輝いていない」ような印象を与える昨今の「女性の輝く社会」というキャンペーンは、それこそ価値観の押し付けだと言えます。古い考え方だと女性国会議員にはいつも怒られてばかりいますが、「子育て」について男性は女性に絶対に叶いません。これは差別などではなく、持って生まれた性差です。男性には決して子どもを産むことはできません。男性には決してできない子育てをする女性はとても輝いています。男性にできるのは、そういう女性が安心して子育てに専念できる環境を整えることです。働きたい人は働けばいいし、働かないで子育てに専念したい女性は子育てに専念できる。働かなくても生活の不安がない。そういう社会こそが、子育てにやさしい社会ではないかと思うのです。昨今のように、男性の収入が下がり、共働きでなくては子供を育てるだけの家計が維持できない環境を見ると、余計にそう思います。

世の中で、子どもを育てること以上に大事な仕事はありません。思いやりがあり素直な人格をもった大人を育てるのは、もっとも大事な仕事なのです。それを担うのは女性であり家庭です。

昨今の「女性が輝く社会」キャンペーンは、労働力としての女性が欲しい経済界の要請によるものであり、「少子化という国難」に対応するものではないのです。

ところが、「保育園落ちた。日本死ね」というような下品な言葉に反応し、それを受け止めて「もっと保育園を」「待機児童解消を」と誰もが叫び、それに呼応するように、政府も「待機児童解消」「受け皿拡大」「保育時間の延長」を実行してしまう。そこには、子供が何を求めていて、乳幼児の育ちには、人格形成にはなにが一番大切なのかという視点は、完全に欠落しています。

「子ども育ては親育て」という言葉があるように、人間は生物学的には子供を産めば親になりますが、それだけではなく、人間として成長して一人前の親にならなくてはありません。そのためには、子どもと正面から向き合い、大人に対する100%の信頼がなくては生きていく術がない乳幼児と向き合うことが必要なのではないでしょうか。

そして、こんな固いことを言うまでもなく、何よりも子どもの可愛い時期は本当に短いのです。その時間を子どもと一緒に過ごさないのは本当にもったいない。そして、子どもが初めて寝返りをした瞬間、初めて立った瞬間、初めて歩いた瞬間を見ることができないのは、言葉では言い表せないほど残念なことだと思います。

私は、上の子供が初めて寝返りした時、はじめて歩いた時、いまでも覚えています。彼が初めて寝返りした時、一生懸命力を入れて寝返りが出来て、でも本人にとっては初めての経験で何が起きたかわからず、びっくりして泣いていたことをいまでも覚えています。そういう思い出の一つひとつが家族の思い出となり、人生の豊かさにもつながっていくのではないでしょうか。

最近は児童虐待が目に見えて増えてきました。かつてはあり得なかった「子殺し」が連続し、日常的にニュースになるようになりました。それに呼応するように、国会議員も「児童虐待の厳罰化や体罰禁止」に動いています。でも、これは厳罰化や体罰禁止で止まるような事態ではありません。厳罰化したところで、余計巧妙な、悪質な虐待事案が増えるだけです。これらの場当たり的な施策を見ても、とても「本気で児童虐待に対応している」とは思えず、条件反射で無節操・無思想に、そして人気取りのために「厳罰化や体罰禁止」を唱えているようにしか思えないのです。

ことほど左様に、いま、国で「良い」と言われている政策(これは与党も野党も同じように「良い」と考えている政策です)は、私はほぼすべて「誤りである」と考えています。

この「日本の未来を考える勉強会」では、いままでマクロ経済政策を中心に取り上げてきました。デフレからの脱却が日本の最大の課題であり、これを克服するためには政府支出の拡大と消費税増税の凍結さらには減税が不可欠であるとの認識の下、提言も取りまとめてきました。

これは、デフレという現象は国の経済を停滞させるだけではなく、人々の心も貧困化させ、社会を荒廃させる大きな要因になるからです。昔から「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある通り、経済的な余裕が無ければ、思いやりも礼儀も失われます。デフレが続き、その中で経済成長のみを目的とするので、「いまだけ、金だけ、自分だけ」という考え方が広まってしまうのです。

昨今は「能力主義」がいかにも良いもののように考えられています。しかし、この能力主義で問題なのは、「人の能力を正確に測れる人は誰もいない」ということです。そのような欠陥が

あるにも関わらず、能力主義が良いということになると、成功した人=能力のある人ということになります。しかも最近もてはやされる「成功者」は、ホリエモンに代表されるように「お金儲けのうまくいった人」と言っていい。しかし、「能力のある人=成功する人」とは限りません。成功する人は、いろいろな要素がうまく回って成功できたのです。成功しない人は必ず「努力の足りない人」「能力の足りない人」というわけではありません。しかし、現在は成功しない人は、努力や能力の足りない人なので仕方がないと切り捨てられる風潮があるように感じます。

そして成功者がもてはやされて、その一部の「成功者」の意見を聞いて政策がつくられ、「普通の人」ではなく、極めて一部の「成功者」のための政策が実現していくのです。これで国民すべてが豊かな生活ができる社会ができるはずがありません。

私は、本来は普通の人が普通の努力をしたら普通の成功ができる社会を目指すべきだと思います。ここでいう「普通の成功」とは、結婚できて、子供が持てて、子どもを大学までやることができ、安心して老後を暮らすことができる「平凡な生活」のことです。一部の人しか結婚できず(50歳時点での男性の生涯未婚率(一度も結婚経験のない人の比率)はなんと23%)子供も持てない社会はどこかおかしい。

これら一連の事象を食い止め、正常に戻していくには、それぞれの国民が「常識」を取り戻す必要があります。

そのために、私の勉強会では当面のテーマは「常識を取り戻す」ことにしたいと考えています。

国会議員が今の政策に疑問を持ち、声を上げるようになれば少しは変わるのではないでしょうか。

今回、私がここに書いたような内容、例えば今回書いた保育の話などは、いまの社会で国会議員が発言すると大問題になるかもしれません。「女性差別だ」「時代遅れの政治家だ」などと叩かれるかもしれません。それだけいまの日本社会は許容範囲が極めて狭くなり、自由な発言が封じられています。このような社会は「全体主義化」していき、ナチスドイツがそうだったように結果的には「没落」に向かって行きます。全体主義とは「とにかく社会全体の意見に従え。従わない者は社会的に抹殺せよ。」という空気であり、民主主義の病なのです。

これを食い止めるためにも、私の勉強会で一石を投じていきたいと考えています。経済の話や消費税の話だけではなく、「日本人はどうあるべきか」。そんなことをしっかり考える勉強会にしていきたいと思います。これからの「日本の未来を考える勉強会」にどうぞご期待ください。

「現代貨幣理論とは何か」

最近、米国で急に激しく議論が交わされている「現代貨幣理論(Modern Monetary Theory(MMT)、『現代金融理論』とも訳されます)」をご存知でしょうか。

新しい経済理論とも思えそうですが、実際は、現在の私たちが使っている「貨幣とは何か」、つまり「貨幣の本質」について説明している理論です。ところが、これが今、米国で大論争を巻き起こしつつあります。

なぜ、ただの「貨幣の本質」について説明しているにすぎない理論が大論争になっているのか。

それは、この理論が説明している「貨幣の本質」が、私たちが通常考えている「貨幣の本質」とまったく異なる概念だからです。

そして、私たちが普通考えている「貨幣」の概念と、実際の「貨幣の本質」が全く異なるということは、一般的に信じられていて正しいとされている「経済政策」も、「貨幣の本質」を間違えているために「経済政策全般を間違える」という現象が起きているということなのです。

通常私たちは「貨幣」とは「資産」であると考えています。例えば、労働することによって「貨幣」という資産を得、その貨幣を使うことによって貨幣という資産を減らす。国の借金である国債は、国民の資産である貨幣を借りることによって資金調達しているということであり、国民が預金などの貨幣を持っている間は国も国債を発行することができるが、そのうちに国民の預金という資産が枯渇してしまうので国債を発行することができなくなり破綻するということが一般に信じられています。

ところが、現代貨幣理論(MMT)は、下記のように主張しています。

貨幣の本質とは、資産ではなく負債である。ニクソンショックによって金本位制が完全に終わりをつげ、管理通貨制度に移行した現在においては、通貨とは金などの実体のあるものに裏付けられた「資産」ではなく、単なる帳簿記録上の「負債」に過ぎないものとなった。

国の経済成長を実現させるためには、政府は「財政赤字」であるのが通常の姿であり、政府が財政赤字を容認することによって民間に貨幣が新たに供給されるのである。政府が赤字を容認することにより、皆が豊かになる経済成長が実現するのである。

経済が成長するためには貨幣の供給を拡大していく必要があり、そのためには負債の拡大が必要である。そして、負債の拡大とは、「預金を持っている人がいるから借金ができる」のではなく、「借金をすることによって預金が生まれる」のである。銀行による「信用の創造」とは、「銀行が貸付を行うことによって預金通貨を新たに創造することができる」ということであり、これは「万年筆マネー」とも言われる。

この理論で衝撃的なのは、通常は「銀行は国民から預金を集め、その預金を企業などに貸し付けている」と考えられていますが、これがまったくの間違いであるということなのです。

銀行による融資とは、実際は下記のように行われます。

銀行は、融資を行うときにあらかじめ預金を準備しておく必要がない。「銀行が融資をする」、ということは、銀行から見て「貸付金」という「資産」と「銀行預金」という「負債」を「帳簿に書き込む」作業である。銀行がこの帳簿上の記録をすることによって企業は「銀行預金」という「資産」を得るとともに「借入金」という「負債」を負うことになる。(この作業をすることによって、銀行は「預金」という負債を新たに負うことになる。つまり、貨幣の本質とは負債である。)このように、銀行が帳簿に融資を記録することによって新たに預金通貨が発行されるのである。

このようなことを言われると「そんなばかな!」というように感じられるかも知れません。しかし、銀行実務は実際、このようになっています。もちろん、準備預金制度などがありますので、現実にはある程度の預金を集めることは必要ですが、融資の原理は上記の通りなのです。

私たちが日常使っている紙幣にも「日本銀行券」という印字がありますが、これは「日本銀行の負債である」ということを表しています。実際に日本銀行の貸借対照表を見ると、日本銀行の貸借対照表を見ると、現金は日本銀行券として「負債の部」に計上されています。

これらの「貨幣の本質」をもとに今後考えるべき政策を考えると、経済政策の柱は下記のようになります。

①管理通貨制度の下では、主権国家は自国通貨をもっている場合、通貨発行権を有するために、国債が破綻することはあり得ない。したがって、日本や米国などでは財政破綻を心配する必要がないので、必要な財政支出は財政赤字を気にすることなく拡大することができる。

②しかし、野放図な財政支出拡大を意図するものではなく、真の国債の発行制約はインフレ率による。

③租税とは、政策経費を賄うために徴収されるものではなく、インフレ率の調整や各種の政策目的のために徴収されている。政府の財源として考えるべきではない。

右記①については、日本の財務省もホームページ上で下記のように主張しています。

「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。」(財務省ホームページ「外国格付け会社宛意見書要旨」より)

デフォルトとは「債務不履行」つまり「返済不能になること」を意味しますが、財務省は明確に自国通貨建て国債が返済不能になることはあり得ないと言っているのです。

これは、国は通貨発行権を持つ「中央銀行」が存在しているため、いくら国債の買い手がいなくても、言い換えれば国が借金したい時に国民の誰もが貸してくれない状態になったとしても、最後は中央銀行である日本銀行が貸してくれるし、貸してくれないことは通常考えられないので、国債発行により資金調達が不調に終わることは考えられず、したがって返済不能になることも考えられないということなのです。

実際に、日本銀行はすでに日本国債を466兆円も持っています。平成30年12月末現在の国債残高は1013億円ですが、そのうち46%は日本銀行の保有になっています。

皆さん、不思議に思いませんか?

日銀は、国債を466兆円も持っているのです。日銀は、いつからそんなに国債を買えるだけのお金を持っていたのでしょうか?

いいえ、日銀は当初からそんなお金は持っていませんでした。ところが、日銀は通貨発行権を持つので、国債を買い入れる時は「帳簿に記録するだけで買うことができる」のです。まさに「万年筆マネー」を実現しています。

実は、この理論については、私の主宰する「日本の未来を考える勉強会」では一昨年から取り上げていました。ぜひインターネットで勉強会の模様をご覧ください。この現代貨幣理論について解説している動画が3本あります。一昨年は「貨幣と租税」 。昨年は「貨幣と経済成長」。そして今年は「よくわかる現代貨幣理論(MMT)解説」というタイトルで見ることができます。

この理論がにわかに注目されたのは、米国の最年少女性下院議員のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏が「MMTを使ってもっと財政支出を拡大すべき」という主張をしており、これを理論的に支えているのが民主党大統領候補であるバーニー・サンダース氏の政策アドバイザーであるステファニー・ケルトン教授である、という構図です。

今年の3月13日のブルームバーグの記事です。

「現代金融理論」にわかに脚光
米財政赤字拡大や「AOC」効果で

(一部省略して転載します)

何年も無視されてきたMMTが、なぜ今になって突如、米国の経済論議の焦点となったかを巡っては当然、疑問が生じる。次に幾つか考えられる答えを挙げてみる。

MMTの論旨は、自国通貨を持つ政府の支出余地は一般的に想定されるよりも大きく、全てを税金で賄う必要はないというものだ。この見解によれば、米国はいかなる債務返済に必要な貨幣も創出できるため、デフォルト(債務不履行)に追い込まれるリスクはゼロということになる。

米国の政治にMMTを持ち込んだのはバーニー・サンダース上院議員だ。しかし、サンダース議員がMMTをはっきりと支持したことはない。

支持を明確にしたのはサンダース議員の選挙運動に参加したこともあるニューヨーク州選出の新人議員で、AOCの頭文字で知られるアレクサンドリア・オカシオコルテス氏だ。オカシオコルテス氏はMMTについて、「会話でもっと盛り上げる」べきだとし、議会がその「財政権」を動員するよう呼び掛けている。

MMTの措置を本格的に活用したとほぼ言える国は日本だろう。日本では20年前に金利がゼロに達し、日本銀行が一部ファイナンスしている公的債務残高はGDPの約2.5倍の規模にある。

赤字続きでもインフレ高進はなく、債券市場からの資金逃避の動きもない。

米国トップの大学の著名エコノミストは一斉にMMTを批判している。ハーバード大学教授で元財務長官のラリー・サマーズ氏は、「重層的な誤り」があると論評。ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏や、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストを務めたオリビエ・ブランシャール氏もMMT攻撃に加わった。と同時に、こうした著名人らから、公的債務懸念は行き過ぎだとして赤字拡大の支出に好意的な姿勢が見られるのも最近は多くなってきた。

ここでは、日本がすでにこのMMTを実際に意図しないうちに実証しているのではないかと指摘がされています。

この貨幣論の概念を「資産」から「負債」へと変えるのは、まさしく「天動説」から「地動説」へと概念を変更した「コペルニクス的転換」と言えるかも知れません。。今までの主流派経済学を使い、実践してきた経済学者から反発されるのは当然なのでしょう。実際に、この理論を米国で提唱しているケルトン教授は下記のように述べています。以下、4月17日の朝日新聞の記事より抜粋します。

「天動説から地動説へと私たちの考えが変わるまでには時間を要しました。いま私たちは租税が中心にあって、経済がその周りを回っていると考えています。増税がなければ、よい経済は築けないと。しかし、「コペルニクス的転回」は近づいています。じきに私たちは、租税は分配をコントロールしインフレリスクに対抗するものである、と考えるようになるでしょう。天動説から地動説へのような、思考の大きな飛躍が求められています」

今、日本では『消費税増税について最終的にどうなるのか』という議論がされています。

しかし、今日お話ししたように租税とは政策経費を賄うものではなく、インフレ率を調整するために存在するのだとしたら、また、自国通貨建ての国債が返済不能になることはあり得ず、日本の財政破綻の心配はまったくないのが本当だとしたら、大きく政策転換をする必要があるのではないでしょうか。

私の勉強会では、以前から貨幣の概念が重要である、という観点からこの現代貨幣理論を取り上げてきました。それに基づいて、消費税増税の凍結や減税を主張してきました。

ここで米国からこのような議論が沸き起こってきたことは、まさに「神風」というべきかも知れません。デフレ脱却ができずに苦しむ日本をきちんとした経済成長路線に戻すためにも、既存の誤った概念に基づいて立案される誤った経済政策を繰り返すのではなく、正しい貨幣の概念を理解し、経済成長を取り戻すための正しい経済政策を実践していかなくてはなりません。

財務省はこの現代貨幣理論を大いに警戒し、早速反論資料を取りまとめて公表しています。新聞記事にも必ず「異端の理論MMT」といった否定的なタイトルが並びます。

しかし、私は、長い間デフレから脱却できず貧困化する日本を成長路線に戻すために正しい政策を主張していきたいと考えています。

ぜひ日本の未来を考える勉強会の動画を見て、現代貨幣理論への理解を深めていただきたいと思います。ご希望であれば、私も説明に伺いますので、お声掛け下さい。

どうぞよろしくお願いいたします。

はやぶさ2の快挙と「中国製造2025」の衝撃

2月22日、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」に着陸を試み、成功したというニュースが流れてきました。はやぶさの初号機で培った技術力を生かし、さらに失敗を教訓として何度も訓練を繰り返し、何としても成功させるという関係者の皆さんの不断の努力に心から敬意を表したいと思います。

しかし、この計画も非常に少額の予算で運営されています。

翌23日の日本経済新聞の記事の見出しは下記のとおりです。

「宇宙小国日本 技で勝負 はやぶさ2着陸~少ない予算で生きる道~」

そして、記事は下記のように書かれています。

「(中略)宇宙開発にかける資金では、日本は米中に遠く及ばない。米国は航空宇宙局(NASA)だけで年間予算は約200億ドル(約2兆2千億円)。防衛関連も含めると、4兆5千億円前後と推定される。中国の予算は明らかでないが、米国に匹敵するとみられる。
日本はJAXAの予算は約1800億円で、防衛省の宇宙関連予算を合わせても3千億円足らずだ。米国の10分の1にも満たない。
はやぶさ2の費用は289億円。惑星探査機より1ケタ少ない水準だ。少ない予算の中ではやぶさ計画で培った技術とノウハウは日本にとって大きな武器になる。」

これを読んでも、いかに少額の予算でこの計画が運営されているかがわかります。多額の予算をかければいいというものではない、ということもわかりますが、それにしても日本は米中に比べて非常に不利な条件の下で研究が行われているのです。

「中国製造2025の衝撃」という本があります。今年の1月に出版された本ですが、著者は遠藤誉さん。中国生まれ中国育ちの日本人で、中国の現在の真の姿について、さまざまな著作を著している方です。

「中国製造2025」とは、製造業を強化して2025年までに「MADE IN CHINA」の製品を70%まで高めることを国家目標に掲げるという意味です。

中国は、いまでも世界の工場として、さまざまな製品を作っています。しかし、基幹部品は日米などから調達しており、このままではただの組み立て工場に過ぎません。これを脱却し、本当の製造業の実力をつけようとしているのです。「まえがき」から一部抜粋してみます。

『中国は2015年5月に「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」という国家戦略を発布し、2025年までにハイテク製品のキー・パーツ(コアとなる構成部品、主として半導体)の70%を「メイド・イン・チャイナ」にして自給自足すると宣言した。同時に有人宇宙飛行や月面探査プロジェクトなどを推進し、完成に近づけることも盛り込まれた。

アメリカや日本を中心として運営されている国際宇宙ステーションは、2024年あたりに使用期限切れとなることを見込んで、中国が中国独自の宇宙ステーションを2022年までには正常稼働できるようにする国家戦略が〔2025〕に潜んでいるのである。

トランプ政権は2017年3月以来、米中の貿易不均衡と知的財産権侵害などを理由に中国からの輸入品に高関税をかけ、中国も報復関税で応酬するなどして米中貿易摩擦を生んでいるが、トランプが怖れているのは、〔2025〕により中国がアメリカを追い抜くことである。

一つには、ハイテク分野において半導体などに関するコア技術さえあれば、それはスマホやパソコンといった日常のハイテク製品のみならず、軍事にも宇宙開発にも応用することができるからだ。

(中略)

そこで習近平は2013年が明けるとすぐに、中国アカデミーの一つである中国工程院に命じて「製造強国戦略研究」に着手させ、2015年の〔2025〕発表に至ったわけである。

と同時に「中華民族の偉大なる復興」を実現する「中国の夢」を政権スローガンとした。

これは1840年のアヘン戦争以来、中国が列強諸国の植民地となった屈辱から抜け出して、アヘン戦争前の中華民族の偉大なる繁栄を復興させようというものだが、習近平政権誕生前夜の反日デモを考えると、その心には「再び日本からの屈辱を受けてはならない」という要素が大きなパーセンテージを占めていただろうということは十分に推測される。

ところが、2017年1月にトランプ政権が誕生すると、事態は一変してしまった。

「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ大統領は、2017年末あたりから対中強硬策に出始め、米中貿易戦争を通して、なんと〔2025〕を阻止し始めたではないか。

アメリカにとっては、〔2025〕が成功すれば、アメリカは世界のトップリーダーの地位から転落する危険性を持つ。だからトランプは宇宙軍の創設を提案しているくらいだ。

習近平にしてみれば、「反日」を軸として中国共産党統治の正当性を強調して、一党独裁体制を維持しようというもくろみと、反日デモをおこさせてはならないという相矛盾する葛藤の中で、一刻も早く〔2025〕を完遂しようと焦っていた。永遠の後進国から抜け出し、「量より質」で勝負できる国にならなければ、「中華民族の偉大なる復興」を目指す「中国の夢」は実現できない。それを実現するまでは退けない。だから、習近平は2018年3月に国家主席の任期制限を撤廃して、せめて〔2025〕はやりとげようとしていたのである。

しかし中国は今、トランプが仕掛けてきた米中貿易戦争は〔2025〕を破壊させるためであり、中国の特色ある社会主義国家を崩壊へと導くためであると解釈するに至っている。だから一歩も引かない。〔2025〕はトランプの攻撃により、今や社会主義体制を維持できるか否かのデッドラインと化してしまったのだ。』

では、この状況で中国はいかにして〔2025〕を実現しようとしているのでしょうか。

一つは人材の獲得です。外国人はもちろんですが、このような米国の戦略を考えると、外国人に頼るわけにはいきません。そこで、中国国内での人材育成に力を入れ始めているのです。

もう少し抜粋してみます。

『胡錦濤政権時代(中共中央総書記としては、2002~2012年、国家主席としては2003~2013年)に入ると、2008年からは「千人計画」、2012年からは「万人計画」を立ち上げて、外国人を含めた世界トップ人材のヘッドハンティングを始めている。この計画は次世代を担う若き研究者たちを養成するために、大学や研究所に世界のトップ頭脳を派遣するのが主たる目的だ。人材資源の持続性を狙っている。(中略)

ただ注目すべきは、帰国留学人員の数は、改革開放以来の累計が、2017年度統計で313万2000人であるのに対して、第18回党大会(2012年11月)以降に帰国した留学人員の数は、231万3600人に達するという事実だ。2018年は改革開放40周年になるが、習近平政権になってから帰国した留学人員の数が、40年間のうちの73・87%を占めていることから、いかに習近平がコア技術を緊急に高めようとしているか、その緊迫性がうかがえる。』

このように中国は、誰もが認識できる国家目標を設定し、その実現にむけて行動を起こしています。明確に予算を増額し、予算とスローガンの両方を使って国民の意識を高め、誇りを取り戻し、強い国を作ろうとしているのです。そしてそのために必要な人材への投資を怠りなく進めています。

実は、かつてこれと同じことをやっていた国があります。他でもない、日本です。

明治維新のころの日本は、欧米列強に追い付くべく、多くの留学生を欧米に派遣し、また巨額の予算を投じて諸外国からお雇い外国人を受け入れ、最先端の知識・技術の習得に努めました。留学生たちはその後帰国し、日本人の手で日本人の教育を施すことができるようになりました。その結果、日本は瞬く間に欧米列強と肩を並べる「大国」の一角を占めるようになったのです。人材への投資を怠りなく、そしてスローガンは「富国強兵」であったのです。分かりやすい国家目標と確実な人材投資が豊かで強い国を作ります。これを実践してきたのが、わが国だったのです。

しかし、今の日本はその面影はありません。大学に対する運営費交付金や科学技術予算が削減され、国公立大学の授業料もかつてのように数万円ではなく、年間60万円ほどかかることになっています。これらの予算の削減により、論文数が世界に比べて激減しているのはよく知られているところです。外国人留学生の受け入れには非常に積極的で、給付型奨学金の予算も潤沢についていますが、日本人に対する奨学金は貸与型。給付型の奨学金は昨年からようやく開始された程度。それまでは貸与型の奨学金がほとんどで、多くの学生は、社会に出たそのときから多額の奨学金返済に追われることになっています。

今の日本は、外国人には非常に優遇措置があり予算もつけるけれども、日本人に対しては非常に厳しく、「自己責任」の名のもとに教育も自己負担でするようにとなっているのです。

しかも、国のためのスローガンというものがなく、「グローバル人材」といういわば「無国籍」の人材育成を奨励し、国のために働くということはばかばかしいことのようになり、自分の利益追求のために転職を繰り返し、起業し、金儲けをした人が「成功者」のように称えられています。これでは、明確な国家戦略を立て、国家予算を投入して科学技術立国を目指している中国に勝てるはずがありません。

日本の10倍の人口を持ち、日本の3倍の経済規模を持つ中国を、いつまでも「後進国」のイメージでとらえていると、大変なことになります。日本では入管法の改正により外国人の受け入れを本格化していくことになりましたが、外国人に門戸を開いて真っ先に来るのは、一番近くて人口の多い国からと考えるべきでしょう。さらに日本は投資市場も開放していますから、近くて経済規模が大きく、人口も多い国が巨額の資本と人員を一気に投入してきたらどういうことが起きるか。想像に難くありません。

国会においても、行き当たりばったりの議論ではなく、将来の国家はどうあるべきなのか。そのための予算編成はされているのか。そういう議論がなされるべきですが、残念ながらそういう議論はほとんど行われず、スキャンダルや不祥事の追及ばかりになっているのが現状です。日本の政治の在り方そのものが問われていると思います。

-「ひろしの視点」第54号(2019年2月)より-

イギリスのEU離脱の行方

~英国内で起きていることと、グローバリズムの弊害~

イギリスのEU離脱が混迷しています。

ご承知のとおり、メイ首相が提案した離脱案は議会で否決され、その後修正案を提示しても可決できる見込みは極めて低くなっています。

これにより、合意なき離脱が現実となり、その後のイギリスとEUとの貿易をはじめとするあらゆるモノやヒト、カネの動きは相当混乱することが予想されます。

しかし、イギリスのEU離脱は、実は将来の英国にとっては良い選択である、ということができます。グローバル化が進展し、ヒト・モノ・カネの動きを自由にすれば、必ず経済成長して皆が豊かになれる。そういう発想でヨーロッパの経済統合は進められてきました。

しかし、EU圏内では、いま貧富の差が拡大し、さらに移民問題も大きな課題として浮上してきました。移民問題は、以前から存在していましたが、なかなか表には出て来なかったのです。というのは、移民を政治課題や社会問題として発言すると、「人種差別者だ!」とか「古い考え方だ!」「国粋主義者だ!」「極右だ!」みたいなレッテルを貼られてしまい、発言が封じられてしまい、冷静な議論ができなくなってしまうからです。

最近日本で発売された「西洋の自死」という本があります。これは、原題は「THE STRANGE DEATH OF EUROPE」ですから、直訳すれば「ヨーロッパの奇妙な死」となるのですが、文字通り、ヨーロッパはいま移民によって元々のヨーロッパとは異なるものに変貌しつつある、というのです。

どういうことか。この本の冒頭部分を書き出してみましょう。

「欧州は自死を遂げつつある。少なくとも欧州の指導者たちは、自死することを決意した。欧州の大衆がその道連れになることを選ぶかどうかは、もちろん別の問題だ。

私が「欧州は自死の過程にある」と言うのは、「欧州委員会の規制の重みが耐えがたくなっている」という意味でもなければ、「欧州人権条約がある特定のコミュニティを十分に満足させてこなかった」という意味でもない。「私たちの知る欧州という文明が自死の過程にある」という意味である。英国であれ西欧の他のどの国であれ、その運命から逃れることは不可能だ。なぜなら我々は皆、見たところ、同じ症状と病弊に苦しんでいるからである。結果として、現在欧州に住む人々の大半がまだ生きている間に欧州は欧州でなくなり、欧州人は家と呼ぶべき世界で唯一の場所を失っているだろう」

出だしから衝撃的な書き出しなのですが、その後、英国の様子が書かれている部分があります。それも長いですが、一部抜き出してみます。

『少数派になった「白人の英国人」』

「欧州で進行しつつある変化の規模と速度を理解するには、ほんの数年ほど時代をさかのぼり、現在の移民危機が発生する以前の、「正常な」移民が行われていた時期に立ち返ってみることが有効だ。また最近の混乱からは多少なりとも距離があった頃の国家について考察することも無駄ではあるまい。

2012年に英国内のイングランドとウエールズにおける最新の国勢調査の結果が発表された(調査の実施は前年)。そこには前回の国勢調査以降の10年間で、英国がどれほど変わったのかが示されていた。ここで2002年当時のある人物が、その国勢調査から見出した事実を基に、次の10年間を予測したと仮定しよう。その人物が次のように語ったとしたらどうか。「今後10年以内にこの国の首都では白人の英国人が少数派となり、イスラム教徒の人口が倍増するだろう」

こうした言説が果たしてどのように受けとめられただろうか。「心配性」「人騒がせ」といった言葉が間違いなく向けられ、果ては「人種差別主義者」や当時は新語だった「イスラモフォビア(イスラム嫌い)」のそしりを受けていた可能性も高い。いずれにせよ、そうした予測が温かく迎えられなかったことは確実だろう。疑う向きはその典型例を一つだけ思い起こしてみるとよい。2002年に「タイムズ」紙のある記者が将来の移民の動向に関して上記よりはかなりトーンを抑えた予想を書いたところ、デビット・ブランケット内相(当時)から「ファシズムすれすれ」だと糾弾されたのだ。

だがどれほど批判されたにしても、2002年にそのような分析を行った人々は完全かつ全面的に正しかった。2011年に実施され、2012年末に結果が公表された次の国勢調査によって、上記ばかりか、それを遥かに超える事実までが明らかになったのだ。イングランドとウエールズの居住者中、国外で生まれた人々の数は、直近の10年間で300万人近く増えていた。またロンドンの住民の中で、自らを「白人の英国人」と回答した人々はわずか44・9%だった。さらにイングランドとウエールズに住む人々のうちの300万人近くは、英語を主たる言語とする成人が1人もいない家庭に属していた。

これらは歴史的に見ても、一国の人種構成として極めて大きな変化ではある。英国ではしかし、宗教から見た人口構成に関しても同じように特筆すべき変化が起きていた。たとえば同年の国勢調査では、キリスト教を除くほとんどすべての宗教で信者数が増えていることが明らかになっている。昔ながらの英国の国民的宗教だけが唯一、急激に衰退しているのだ。前回の国勢調査以降、自分はキリスト教徒であると回答した住民の割合は72%から59%に低下した。イングランドとウエールズに住むキリスト教徒の実数は400万人以上も減少し、3700万人から3300万人へと落ち込んだ。

キリスト教徒の信者数が激減するーそして今後も減り続けるだろうと予想されるー一方で、イスラム教の信者数は、移民の大量流入の影響もあって2倍近くに増えていた。2001年から2011年の間に、イングランドとウエールズに住むイスラム教徒の数は150万人から270万人に増加している。しかもこれは公式な数値に過ぎず、不法移民も含めればその数はもっとずっと多くなるはずだ。英国に不法入国したーつまりは国勢調査に回答する可能性の低いー人々は、少なくとも100万人はいると考えられる。また、最も急速にイスラム教徒数が増えた二つの自治区(10年間で20%以上の増加)は、そもそも英国きってのイスラム人口を抱えていたところだった(ロンドンのタワーハムレッツ区とニューハム区)。両区が属しているのは国勢調査に回答しない住民が英国内でも最も多い地域で、およそ5世帯に1世帯が未回答だ。これらすべてが示唆しているのは、ただでさえ目をむくような国勢調査の結果すら、実際の数字を大幅に下回っているだろうということである。それでもなお、そこから見えてきたものは衝撃的だった。

だが、1年かけても分析しきれないほどの内容だったにもかかわらず、国勢調査の話題はー一過性のニュースが総じてそうであるようにー2日もすると忘れられた。問題は、これが一過性の話題などではなかったことだ。それは英国の直近の過去と、直面する現在を説明するものであり、また避けがたい未来を垣間見せるものでもあった。

その国勢調査結果を分析すれば、どうにも動かしようのない一つの結論が見えてくる。すなわち大量移民は英国をまったく違うものに変えつつあるということだ(実際、すでに変えた)。2011年の英国は、もはや何世紀にもわたって続いてきた英国とはまるで異なる場所になっていたのだ。しかし、たとえばロンドンの33区中23区で今や「白人の英国人」が少数派になっているといった事実に対しては、国勢調査結果それ自体と同様に前向きな反応が寄せられた。英国の国家統計局(ONS)のあるスポークスマンは、この調査結果を大いなる「多様性」の表れだと歓迎している。

一方、政界とメディアの反応は、驚いたことにたった一つのトーンに凝縮されていた。主要な政党の政治家は皆、同年の国勢調査結果に対し、等しく祝福を送ったものだ。それは何年も前から変わらぬ風潮だった。2007年には当時のロンドン市長のケン・リビングストンが、ロンドンで働く人々の35%が外国生まれであるという事実を誇らしげに語っている。残る問題は、そこに最適な限度があるのかという点だった。ここ何年もの間、英国の変化に対して期待と楽観以外の感情を示すのは不適切であるかのような雰囲気があった。それを下支えするために、これは別に目新しい現象ではないのだという弁明がなされてきた。」


ダグラス・マレー著
中野剛志解説/町田敦夫訳
東洋経済新報社/2018/12/14刊

移民が英国という国柄を大きく変えてしまっている。私たち日本人から見れば、英国は「白人のキリスト教徒の国」というイメージがありますが、実態は大きく変貌しつつある。ロンドンでは白人は少数派になり、キリスト教徒は減少し続け、イスラム教徒が急速に増えつつある。しかも、エリート層はこれらの変化を「歓迎」するコメントを出し続けるのです。

そして、これら移民の受け入れは次の理由で正当化されると分析されています。

  • 大規模な移民は我々の国々の経済を利する
  • 高齢化する社会では移民を増やすことが必要だ
  • いずれにせよ移民は我々の社会をより文化的で、興味深いものにする
  • たとえ上記がすべて誤りでも、グローバル化が進む限り、大量移民は止められない

いま、日本でも入国管理法が改正されて外国人労働者の受け入れが拡大することが決定しましたが、日本でも同様の議論がなされたことは皆さんもご承知の通りです。

そして、日本の国会での議論は、外国人労働者の人権の話は議論されたものの、日本人社会にどのような影響を及ぼすのか、日本人社会を守るためにはどういう対策が必要か、といったことについては一切議論がされませんでした。将来の日本が、この本の英国のように変化していく恐れは多分にあります。しかし、エリート層の発言は、「少子化なので外国人の受け入れはやむを得ない」「多文化共生社会の実現は日本にとってよいことだ」「労働力不足が日本の経済成長の足かせになる」「グローバル化は避けられない。日本は鎖国していてはならない」という論調が主流になっています。まさに、この本の指摘通りの議論が日本でも行われているのです。

日本の報道では、イギリスのEU離脱はとんでもない選択である、という論調で報道されています。しかし、これらの実際に起きている現象を見ると、離脱の選択をするのは合理的な選択であるということができます。

問題は、離脱に至る道筋が極めて不透明で、混乱をきたす恐れがあるということです。離脱の道筋さえしっかりつけることができれば、英国内の混乱も一時期よりは落ち着き、経済的にも成長するでしょう。(EUから離脱すると英国が経済的に困窮するというのは当たらないと思います。なぜなら、英国がEUから離脱した後もEUと貿易するということは、日本や米国と同じ条件でEUと取引する、ということに他ならないからです。日本も米国も、EUに加盟していなくても普通に取引をしています。日米と同じ条件になるというだけの話です。)

恐らく、離脱することによって英国の労働者の賃金は上がり、関税が復活するので国内産業は保護され不当な安値で取り引きをしなくてはならない事態から解放されるでしょう。英国は通貨統合までしていなかったのが幸いし、財政政策も自由にとることができるので、経済政策も自由に英国民のために行うことができるようになります。問題は、それまでの移行コストがどの程度かかり、それに政治的なエネルギーをきちんと割くことができるかどうかという点だろうと思います。

EUでは、英国に続いて各国で離脱運動が大きくなりつつあります。フランスでも黄色いベスト運動が大きくなってきていますが、この運動も反グローバリズム運動です。日本では極右のおかしな政治団体の活動のように報道されていますが、実際は静かなデモを行っているようで、でも主張は決して極右ではなく、極めてまっとうな権利の主張であり、健全なナショナリズムを取り戻す運動であるようです。

世界の反グローバリズムの動きをどう捉えるべきなのか。日本も真面目に考えなくてはなりません。


-「ひろしの視点」第53号(2019年1月)より-

平成31年度予算案と30年度補正予算案が決定しました

平成31年度予算案と30年度補正予算案が決定しました。

補正予算案では、緊急インフラ総合対策として7兆円が確保されました。毎年決定されている今年の漢字に「災」が選ばれたように、今年は本当に災害の多い年でありました。地震、大雨、台風による風水害により全国各地で大きな被害が発生しました。京都南部でも地震や大雨、風害などで大きな被害が発生しました。

北海道では胆振東部地震が発生し、全道が停電となる「ブラックアウト」が発生しました。泊原発が動いていれば、このような事態は発生しなかったと言われています。苫東厚真火力発電所が泊原発の停止している分も引き受けて、北海道の電力の40%を供給していました。そこが停止してしまうと、とても全道の電力を賄うことはできないわけですが、そのための備えは全くされていなかったのです。

電力というものはとても難しい商品で、常に需要量に応じて発電量を調整しなくてはなりません。よく例えられるのは、栓の抜けているお風呂です。栓の抜けているお風呂に、蛇口から水を入れながら水量が一定に保てるようにしなくてはならないようなものが電力サービスだということなのです。そして、電話の場合には、回線が一杯になったら「話し中」になるだけで、一人だけがそのサービスを受けられないということになりますが、電力の場合は、需要と供給のバランスが崩れると、その供給地域全部が停電になる「ブラックアウト」が発生してしまうのです。これが発生しないように、電力会社は需要量を予想しながら発電量を調整しています。今のところ電気は大量に貯められないので、いつも余裕を持った発電設備を維持しながら発電量の調整をしているのです。

これがぎりぎりになると、どこかの発電所の不具合で全土が停電になることが当然予想されます。今回の地震は、まだ暖かい時期だったのでよかったのですが、もし厳冬期の北海道で同じようなことが発生したら、本当に大変なことになっていたでしょう。

今回の緊急インフラ点検では、全国で電力を含めた総合インフラ総点検を行い、ブラックアウト対策も含めて非常時に備えるインフラ整備が施されることになりました。

また、京都南部に住む私たちの生活に密着する宇治川や木津川の河川整備も盛り込まれました。河川敷地内に繁茂している樹木伐採、河床掘削、堤防強化なども行われることになりました。毎年、雨の時期になると心配していましたが、これらの整備が進めば少しは安心できるのではないかと期待しています。

これらのインフラ整備は、私の主宰する「日本の未来を考える勉強会」でも繰り返し提言してきた「公共事業予算の拡大」が一定の成果を出せたものだと思っています。特に、今年の豪雨災害を受けて提出した「自然災害大国における国土強靭化「投資」の財政措置に関する緊急提言」の内容が反映されています。この提言内容に比べると、まだまだ不十分なのですが、まずは第一歩が踏み出せてよかったと思っています。

また、来年度予算も100兆円の大台を超えました。例によって「放漫財政」や「財政再建に逆行」などの批判がされています。

しかし、この予算案についても、私たちの「日本の未来を考える勉強会」では、歳出拡大の提言をし、〝少なくとも名目経済成長率と同じだけ歳出拡大するのは合理的である〟という提案をしてきました。

経済成長しようとすれば、それだけ政府支出も拡大するのは当然です。政府支出拡大なしに経済成長するには、民間がそれを補って余りあるほどの支出拡大をしなくてはなりませんが、デフレマインドの染み付いた民間企業に、いきなり支出を拡大して給料アップや設備投資をしろといっても、それは無理です。したがって、デフレ完全脱却までは政府が率先して支出を拡大し、景気回復をリードする必要があるのです。

特に人々の暮らしを守るための公共事業予算の拡大を躊躇すべきではありません。しかも、このような政府支出の削減を続けた結果、日本の経済成長は止まり、地方が衰退して東京一極集中が加速していきました。

来年は、世界の経済も先行き不透明です。本日(12月20日)には、来年の世界経済の見通しが不透明ということで日経平均株価が急落し年初来最安値となりました。10月には2万4487円だったものが2万392円となり、たった2か月で4000円も下落しています。

米国もトランプ大統領の行動の予測が難しく、中国の経済の減速や米中摩擦も危惧されます。イギリスのEU脱退はどのような結末を迎えるのか。フランスでは国内で反政府デモが勢い付いています。これは、反EU・反緊縮財政・反グローバリズムの運動と言われています。イギリスがEUから離脱したのに続き、フランスもそのような世論が大きくなりつつあります。もちろん、フランスは通貨統合までしているために、イギリスよりももっとEU離脱は難しいとは思いますが、それでも反EU・反緊縮・反グローバリズムの動きは大きくなるでしょう。

世界経済が先行き不透明な現在は、できるだけ内需主導の経済にしておくべきです。それが国民生活の安定につながります。決して鎖国をしろとか、排外主義にしろと言っているわけではありません。そして、日本国内には防災対策をはじめとしてやらなくてはならないことが膨大にあるのです。これらに予算を付けるだけで、もともと内需主導型の経済である日本は確実にデフレ不況から脱却し、世界経済の変調に一喜一憂することなく安定して経済成長できるのです。

これからも必要なところには確実に予算を付け、経済成長と地方創生に貢献できると共に、人々の暮らしの安心安全を守り、豊かにする政策の実現に尽力して参ります。

-「ひろしの視点」第52号(2018年12月)より-

あんどう裕と語る会 in 東京のお知らせ 1月19日(土)15:00~

★あんどう裕と語る会 in 東京永田町のお知らせです。

日 時  平成31年1月19日(土) 15時00分~17時00分 

会 場  Vision(ビジョン) Center(センター ) 永田町 8階803会議室

  住所:東京都千代田区永田町1-11-28 

    合人社東京永田町ビル8階[自民党本部隣り] TEL:03-6262-3553

東京メトロ 有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町駅(3番出口)」 徒歩0分

東京メトロ 銀座線・丸の内線 赤坂見附駅 徒歩5分

 

★国会議事堂見学ツアー(語る会の前に希望者の方に国会をご案内します)

  • 13:20ご集合/13:30~ご見学
  • 集合場所:衆議院議員面会受付所

★懇親会〈懇親会参加者のみ、会費5,000円〉

場  所   MADUREZ〈マドゥレス〉 17時30分~ 

          東京都千代田区平河町2-16-1 平河町森タワー1F  

          TEL:03-3261-4484

語る会は参加費無料でどなたでも参加できます。参加希望の方は

h12690@shugiin.go.jp  に参加希望のメールをお送り下さい。

 

カルロス・ゴーン氏逮捕の衝撃

日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏が逮捕されました。世界を揺るがすトップニュースとして世界中に報じられました。私自身もこのニュースを聞いたときは本当に驚きました。

あれほどの大企業で、経営者の報酬を正しく開示しないということはあり得ないと、今でも思います。実際に犯罪行為があったのかどうかは、いま捜査中ですから論評するのは差し控えます。ここでは、ゴーン氏という経営者が登場したことによって、日本の上場企業経営に大きな影響があったことを論じてみたいと思います。

ルノーに救済された頃の日産自動車は、確かに経営不振にあえぎ、どこも救済の手を差し伸べていない状況でした。「技術の日産」というブランドにおぼれ、経営改革もできないままに経営が悪化し続けるという状況であったのは事実でしょう。そこにルノーが名乗りを上げて、経営者として乗り込んできたのがゴーン氏でした。瞬く間に経営を立て直し、業績をV字回復させて世間を驚かせました。日産の救世主として社内外問わず尊敬され、求心力を強めました。ルノー本体においても評価は上がり、経営中枢として信頼される経営者となりました。

企業の業績をV字回復させるためによく使われる手法は、まず含み損を抱えている固定資産の売却、固定資産や在庫の評価損を行い、新経営者が就任した年には大赤字の決算にして徹底的に資産のスリム化を図る。つまり、過去のお荷物となっていた資産を整理して身軽になり、資産も売却できるものは売却して負債の返済に充て、次年度に備えるのです。この貸借対照表のスリム化を行うことが経営改善の第一歩となります。資産を縮小することは、翌年度以降の費用を削減する効果があります。

また、損益改善としては、取引先にも大幅なコストカットを頼みやすい状況であり、社員の解雇などリストラもやりやすい状況です。いわば経営危機を利用し、外国人による会社買収という劇薬を飲むことによって会社の体質を劇的に改善したのです。ゴーン氏は「コストカッター」とも呼ばれるように、非常に厳しくコスト管理を行っていたことは想像に難くないところです。

このコストカットの手法は、他の大企業に大きな影響を与えたものと思います。そして、親会社のルノーに多額の配当を支払い、自身も巨額の報酬を受け取ることとなります。

これらが、株主配当と役員報酬の大型化、株主中心の資本主義へと日本企業が変化していった大きなきっかけとなりました。取引先や従業員に対する支払いはできるだけ安く。配当は大きく。優秀な経営者にはそれにふさわしい報酬を。一つひとつの言葉は、経営理論的には「その通り」と思うものの、社会全体で見ると、経済の停滞をもたらし、格差の拡大を招く「新自由主義」の弊害が発生してしまうのです。

かつての日本型経営は、そうではありませんでした。以前の〝ひろしの視点〟でも紹介したソニーの前身、東京通信工業の設立趣意書にはどのような記述がされているか。以下に一部抜粋してみます。

東京通信工業株式会社設立趣意書 [抜粋]

1946年(昭和二十一年)1月、ソニーの創業者の一人、井深 大(最高相談役)が起草した。

一、不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず

一、従来の下請工場を独立自主的経営の方向へ指導・育成し、相互扶助の陣営の拡大強化を図る

一、会社の余剰利益は、適切なる方法をもって全従業員に配分、また生活安定の道も実質的面より充分考慮・援助し、会社の仕事すなわち自己の仕事の観念を徹底せしむ。

東京通信工業株式会社は、1958年(昭和三十三年)社名を現在のソニー株式会社に変更

利益は取引先にも従業員にも、適切に配分することが明記されています。株主配当の最大化や経営者報酬の最大化はうたわれていません。

ゴーン氏の登場が象徴的であったと思うのは、このような理念に基づく日本型経営が否定されて、欧米型の株主利益追求型の経営が推奨されるようになる転換期に登場した外国人経営者であったということです。日本企業が経営不振に陥っていた時にその不振を劇的に改善し、その経営手腕が評価され、他の企業の模範とされました。日本型経営は古い。日本人じゃだめだ。欧米人は優れている。新しい欧米型の経営に変わらなくてはならない。ほんの少し前までは「ジャパンアズナンバーワン」と言っていたのに、一気に逆の発想に転換していったのです。

この経営者の発想の転換と政府の緊縮財政が相まって、日本の長期停滞、デフレ不況が継続する大きな要因となりました。失われた20年、そして就職氷河期を生み出してしまい、第三次ベビーブームを起こすことが出来ずに、現在の人口減少社会となってしまう結果となっています。

これらの発想を転換し、利益は適切に関係者に配分し、未来への投資と社会に還元することが必要なのです。かつての日本企業がもっていた社会に貢献し従業員の生活を守る企業の思想を取り戻してもらいたいと切に願っています。

-「ひろしの視点」第51号(2018年11月)より-

内閣府兼復興大臣政務官を拝命しました

vol50-1この度の内閣改造において、内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官を拝命することになりました。初めての政府入りになります。責任の重さに身の引き締まる思いがいたします。新しい職務で微力ながら日本国の発展のため、京都のために力を尽くしていきたいと思います。

復興庁は、読んで字のごとく災害からの復興を担当する役所です。とは言うものの、日本全国の災害復興を目的にしているわけではありません。「最近は災害が多いから大変だね。北海道や西日本豪雨の現場もいくの?」ということをよく質問されますが、復興庁は「東日本大震災からの復興」に特化している役所なので、残念ながらその他の災害復興には関与していません。

東北の被災地は、まだまだ復興の途上にあります。着任後、特に担当する岩手県の被災地を視察して参りましたが、京都にいては分からない巨大災害からの復興の難しさを実感しました。陸前高田市などは、やっと海岸沿い土地のかさ上げ工事が終わり、市街地の復興はまさにこれからという段階です。希望を持てる復興ができるように尽力して参ります。

vol50-2また、内閣府という役所は、業務内容についてなかなか説明し辛い役所です。省庁横断的な業務を担当しているので、その内容も多岐にわたります。私の担当する職務も、大きく分類しても20の分野があります。分かりやすいところでは、少子化対策、科学技術イノベーション、消費者庁などですが、そのほかに拉致問題、沖縄基地負担軽減、領土問題、沖縄・北方、宇宙政策、海洋政策、行政改革など、極めて多岐にわたり、説明を聞くだけでもかなりの時間を要しています。

業務内容を把握するだけでも大変ですが、皆様の期待に応えられるように微力ながら精進して参ります。

-「ひろしの視点」第50号(2018年10月)より-

北海道地震による全道停電の衝撃

北海道胆振東部地震が発生し、大きな被害が発生しました。また、北海道の全道が停電し、今の日本でもこんなことが起きるのかと愕然としました。季節が夏だったのでまだ良かったのですが、これが厳寒の北海道の冬季に発生していたらと考えると背筋が凍る思いがします。

その後の新聞記事等を読んでいても、泊原子力発電所が停止しているので、火力発電に頼らざるを得ないこと。火力発電も、老朽化した発電所を再稼働してなんとかやりくりしていたこと。原発が再稼働すれば一気に供給不足は解消するので、新規の火力発電所の投資はおろそかになっていたこと。太陽光など再生可能エネルギーは、まだまだ頼れる電源としては考えられないことなど、いろいろ指摘されています。

vol49-1今でも北海道の電力は急ピッチで復旧しているとは言え、ピーク時の電力需要に対応するだけの供給力は回復していません。原発が再稼働すれば一気に解決しますが、原発再稼働の新安全基準の手続き上、もう少し時間がかかるようです。厳冬期までに供給力を回復しなくては、北海道に住む国民の生活をまさに脅かすことになります。復興にも悪影響が出てきます。

これによって、我々は何を考えるべきか。この地震の直後、北海道電力は送配電部門の分社化を発表しました。これは、電力自由化が法律で決められ、その一環で発送電分離が義務付けられたので、その法律に基づき実施されるものです。今回の地震とは関係ありません。

しかし、今回の地震で指摘されたように、泊原子力発電所が停止している中でも新規の火力発電所の投資が進まなかったのは、まさに電力自由化が決められていたため、原発さえ再稼働すれば、当面無駄になる新規火力発電所を建設する理由が北海道電力にはなかったこと。新しい設備投資をするよりも、老朽化した発電所をとりあえず動かして、原発が再稼働したら老朽化した火力発電所を停止するほうがコストが安くなることは容易に想像できます。新電力とのコスト競争をしなくてはならない中で、非常時にしか使わない火力発電所を建設する理由が見当たらないのです。

電力自由化をせずに、北海道電力が地域独占で、責任をもって全道に供給する。そのためのコストは、確実に電気料金で回収することができる「総括原価方式」が残っていれば、「一見無駄な火力発電所の建設(実は非常時には必要な大切なもの)」という投資もすることができたでしょう。このような非常時の為の投資がおろそかになることは、発送電分離の議論がされていた時にも指摘されていたことです。

vol49-2また、今回の地震で全道停電にはなりましたが、復旧も急ピッチで進んでいます。これは、まだ発送電分離が実施されず、全道供給義務の責任感が北海道電力に残っているからです。これから発送電分離が進めば、「自分がやらなくてもだれかがやるだろう」「自分が復旧まで責任を持つ体制にすると、それだけ無駄な人員・設備と持たなくてはならない。コスト競争力も落ちてしまうので、それはやらない」という考え方をする電力会社も増え(当然の考え方だと思います)、結果的に災害時などの停電からの復旧が遅々として進まなくなる。そうなるのも自明ではないかと思います。

そう考えると、今進められている電力自由化・発送電分離も、もう一度立ち止まって考える良いきっかけをもらったと言うべきではないでしょうか。

北海道の場合、本州とは比べものにならないほどの厳冬期があります。ここを乗り切るのに、電力抜きには考えられません。安定した電力供給があってこそ、北海道も復興し発展するのです。このような発展の基盤となるインフラを安易に自由化すべきではありません。

-「ひろしの視点」第49号(2018年9月)より-

あんどう裕と語る会 in 和束町のお知らせ 2018/12/15(土)19:00~

あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 和束町
 日時:平成30年12月15日(土) 19:00~20:30
 場所:和束町商工会館
 電話:0774-78-3321

★あんどう裕と語る会 in 南山城村
 日時:平成30年12月16日(日)18:30~20:00
 場所:南山城村本郷コミュニティセンター
 電話:0743-93-0880

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

あんどう裕と語る会 in 宇治市のお知らせ 2018/11/17(土)18:30~

あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 宇治市
 日時:平成30年11月17日(土) 18:30~20:00
 場所:ゆめりあうじ 4F 第1研修室
    宇治市宇治里尻5-9
 電話:0774-39-9377

★あんどう裕と語る会 in 和束町
 日時:平成30年12月15日(土) 19:00~20:30
 場所:和束町商工会館
 電話:0774-78-3321

★あんどう裕と語る会 in 南山城村
 日時:平成30年12月16日(日)18:30~20:00
場所:南山城村本郷コミュニティセンター
 電話:0743-93-0880

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

あんどう裕と語る会 in 京田辺市のお知らせ 2018/10/27(土)18:30~

あんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 京田辺市
 日時:平成30年10月27日(土) 18:30~
 場所:京田辺市中央公民館 1F 研修室1
 京田辺市田辺丸山214
 TEL : 0774-62-2552 

★あんどう裕と語る会 in 宇治市
 日時:平成30年11月17日(土) 18:30~
 場所:ゆめりあうじ
    宇治市宇治里尻5-9
 電話:0774-39-9377

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

あんどう裕と語る会 in 精華町のお知らせ9/29(土)18:30~

9月と10月のあんどう裕と語る会のお知らせです。

★あんどう裕と語る会 in 精華町
 日時:平成30年9月29日(土) 18:30~
 場所:かしのき苑大ホール
 相楽郡精華町南稲八妻砂留22番地1
 電話:0774-94-5200

★あんどう裕と語る会 in 京田辺市
 日時:平成30年10月27日(土) 18:30~
 場所:京田辺市中央公民館 1F 研修室1
 京田辺市田辺丸山214
 TEL : 0774-62-2552 
 

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

8/10 日本の未来を考える勉強会 提言書「〝自然災害大国〟における国土強靱化“投資”の財政措置に関する緊急提言」をアップしました。

本日、西村康稔内閣官房副長官に申入れた提言書をアップしました。

自然災害大国における国土強靱化投資の財政措置に関する緊急提言

〈参考資料1〉我が国における近年の主な自然災害

〈参考資料2〉土木学会緊急提言

防災投資の拡大が必須 ~財源は国債を活用~

7月初旬の西日本一帯を襲った豪雨は平成最大の被害をもたらしました。

vol47_1京都でも北部では大きな被害が発生しました。先日の大阪北部地震と今回の豪雨災害。さらにこれから台風シーズンを迎えるわけで、今年は自然災害の多い年と記憶されるかも知れません。
近年の雨の降り方は確実に激しくなっています。一時間あたり降水量80ミリ以上の雨の降り方のグラフ(図1)を見て下さい。

ご覧のとおり、確実に回数が増えています。同様に100ミリ以上の雨の降り方は1.7倍になっている。「想定外」という言葉をよく聞くようになりましたが、そういう雨の降り方は確実に増えているということです。

vol47_2しかし、それに対して治水関係予算は増えるどころか半分以下になっています。(図2)
これでは、日本人の安心・安全を守ることは出きません。公共事業悪玉論が、本来であれば最も重視しなくてはならない「国民の生活を守ること」をおろそかにしているのです。

さらに、これらの投資はやっていて効果が出ても目に見えないので「感謝されない」そして災害がなくて「あたりまえ」と感じるものです。目に見えないので、必要性が分かりにくい。確かに豪雨がなければ「無駄」でしょう。さらに、治水投資をして生活の安心を守られたとしても、治水事業をやっていたから大丈夫だったのだと考えてくれる人はほぼ「皆無」だと思います。でも、これらの事業はやらなくてはなりません。

こういう「感謝されない」しかし「やらなくてはならない」仕事をしてきたのが、官僚であり、建設事業者です。そして、これらの仕事の必要性を説明し、予算を確保するのは、政治家の仕事です。最近はこのような仕事をする政治家が絶滅して「公共事業は無駄」「ばらまきをやめろ」というスローガンばかりがもてはやされる時代になってしまいました。

このような地味な仕事を確実に計画的に実行することが必要です。何よりも、国民生活の安心安全を守り、同時に経済を活性化させ、デフレから脱却するための原動力にもなり、地方創生にも間違いなく効果があるのです。これらの仕事を確実に実行できるように、財政出動ができる政策に方向転換する必要を改めて感じました。

以前から私は、〝国債を積極的に活用して公共事業の拡大をすべき〟と主張してきましたが、今回の災害を受けて、新しく「日本の未来を考える勉強会」でも提言を取りまとめる予定です。国民の安心安全を守り、デフレからの完全脱却に向けて引き続き尽力して参ります。

-「ひろしの視点」第47号(2018年7月)より-

あんどう裕と語る会 in 八幡市のお知らせ8月6日(月)19:00~

8月と9月のあんどう裕と語る会のお知らせです

★あんどう裕と語る会 in 八幡市
 日時:平成30年8月6日(月)19:00~
 場所:八幡市文化センター
八幡市八幡高畑5-3
 電話:075-971-2111

★あんどう裕と語る会 in 精華町
 日時:平成30年9月29日(土)18:30~
 場所:かしのき苑大ホール
 相楽郡精華町南稲八妻砂留22番地1
電話:0774-94-5200

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!

あんどう裕と語る会 in 宇治市のお知らせ7月28日(土)18:30~

7月と8月のあんどう裕と語る会のおしらせです。

★あんどう裕と語る会 in 宇治市
 日時:平成30年7月28日(土)18:30~
 場所:ゆめりあうじ
    宇治市宇治里尻5-9
電話:0774-39-9377

★あんどう裕と語る会 in 八幡市
 日時:平成30年8月6日(月)19:00~
 場所:八幡市文化センター
八幡市八幡高畑5-3
    電話:075-971-2111

入場無料・事前連絡不要です。
当日直接会場にお越し下さい!