ひろしの視点

はやぶさ2の快挙と「中国製造2025」の衝撃

2月22日、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」に着陸を試み、成功したというニュースが流れてきました。はやぶさの初号機で培った技術力を生かし、さらに失敗を教訓として何度も訓練を繰り返し、何としても成功させるという関係者の皆さんの不断の努力に心から敬意を表したいと思います。

しかし、この計画も非常に少額の予算で運営されています。

翌23日の日本経済新聞の記事の見出しは下記のとおりです。

「宇宙小国日本 技で勝負 はやぶさ2着陸~少ない予算で生きる道~」

そして、記事は下記のように書かれています。

「(中略)宇宙開発にかける資金では、日本は米中に遠く及ばない。米国は航空宇宙局(NASA)だけで年間予算は約200億ドル(約2兆2千億円)。防衛関連も含めると、4兆5千億円前後と推定される。中国の予算は明らかでないが、米国に匹敵するとみられる。
日本はJAXAの予算は約1800億円で、防衛省の宇宙関連予算を合わせても3千億円足らずだ。米国の10分の1にも満たない。
はやぶさ2の費用は289億円。惑星探査機より1ケタ少ない水準だ。少ない予算の中ではやぶさ計画で培った技術とノウハウは日本にとって大きな武器になる。」

これを読んでも、いかに少額の予算でこの計画が運営されているかがわかります。多額の予算をかければいいというものではない、ということもわかりますが、それにしても日本は米中に比べて非常に不利な条件の下で研究が行われているのです。

「中国製造2025の衝撃」という本があります。今年の1月に出版された本ですが、著者は遠藤誉さん。中国生まれ中国育ちの日本人で、中国の現在の真の姿について、さまざまな著作を著している方です。

「中国製造2025」とは、製造業を強化して2025年までに「MADE IN CHINA」の製品を70%まで高めることを国家目標に掲げるという意味です。

中国は、いまでも世界の工場として、さまざまな製品を作っています。しかし、基幹部品は日米などから調達しており、このままではただの組み立て工場に過ぎません。これを脱却し、本当の製造業の実力をつけようとしているのです。「まえがき」から一部抜粋してみます。

『中国は2015年5月に「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」という国家戦略を発布し、2025年までにハイテク製品のキー・パーツ(コアとなる構成部品、主として半導体)の70%を「メイド・イン・チャイナ」にして自給自足すると宣言した。同時に有人宇宙飛行や月面探査プロジェクトなどを推進し、完成に近づけることも盛り込まれた。

アメリカや日本を中心として運営されている国際宇宙ステーションは、2024年あたりに使用期限切れとなることを見込んで、中国が中国独自の宇宙ステーションを2022年までには正常稼働できるようにする国家戦略が〔2025〕に潜んでいるのである。

トランプ政権は2017年3月以来、米中の貿易不均衡と知的財産権侵害などを理由に中国からの輸入品に高関税をかけ、中国も報復関税で応酬するなどして米中貿易摩擦を生んでいるが、トランプが怖れているのは、〔2025〕により中国がアメリカを追い抜くことである。

一つには、ハイテク分野において半導体などに関するコア技術さえあれば、それはスマホやパソコンといった日常のハイテク製品のみならず、軍事にも宇宙開発にも応用することができるからだ。

(中略)

そこで習近平は2013年が明けるとすぐに、中国アカデミーの一つである中国工程院に命じて「製造強国戦略研究」に着手させ、2015年の〔2025〕発表に至ったわけである。

と同時に「中華民族の偉大なる復興」を実現する「中国の夢」を政権スローガンとした。

これは1840年のアヘン戦争以来、中国が列強諸国の植民地となった屈辱から抜け出して、アヘン戦争前の中華民族の偉大なる繁栄を復興させようというものだが、習近平政権誕生前夜の反日デモを考えると、その心には「再び日本からの屈辱を受けてはならない」という要素が大きなパーセンテージを占めていただろうということは十分に推測される。

ところが、2017年1月にトランプ政権が誕生すると、事態は一変してしまった。

「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ大統領は、2017年末あたりから対中強硬策に出始め、米中貿易戦争を通して、なんと〔2025〕を阻止し始めたではないか。

アメリカにとっては、〔2025〕が成功すれば、アメリカは世界のトップリーダーの地位から転落する危険性を持つ。だからトランプは宇宙軍の創設を提案しているくらいだ。

習近平にしてみれば、「反日」を軸として中国共産党統治の正当性を強調して、一党独裁体制を維持しようというもくろみと、反日デモをおこさせてはならないという相矛盾する葛藤の中で、一刻も早く〔2025〕を完遂しようと焦っていた。永遠の後進国から抜け出し、「量より質」で勝負できる国にならなければ、「中華民族の偉大なる復興」を目指す「中国の夢」は実現できない。それを実現するまでは退けない。だから、習近平は2018年3月に国家主席の任期制限を撤廃して、せめて〔2025〕はやりとげようとしていたのである。

しかし中国は今、トランプが仕掛けてきた米中貿易戦争は〔2025〕を破壊させるためであり、中国の特色ある社会主義国家を崩壊へと導くためであると解釈するに至っている。だから一歩も引かない。〔2025〕はトランプの攻撃により、今や社会主義体制を維持できるか否かのデッドラインと化してしまったのだ。』

では、この状況で中国はいかにして〔2025〕を実現しようとしているのでしょうか。

一つは人材の獲得です。外国人はもちろんですが、このような米国の戦略を考えると、外国人に頼るわけにはいきません。そこで、中国国内での人材育成に力を入れ始めているのです。

もう少し抜粋してみます。

『胡錦濤政権時代(中共中央総書記としては、2002~2012年、国家主席としては2003~2013年)に入ると、2008年からは「千人計画」、2012年からは「万人計画」を立ち上げて、外国人を含めた世界トップ人材のヘッドハンティングを始めている。この計画は次世代を担う若き研究者たちを養成するために、大学や研究所に世界のトップ頭脳を派遣するのが主たる目的だ。人材資源の持続性を狙っている。(中略)

ただ注目すべきは、帰国留学人員の数は、改革開放以来の累計が、2017年度統計で313万2000人であるのに対して、第18回党大会(2012年11月)以降に帰国した留学人員の数は、231万3600人に達するという事実だ。2018年は改革開放40周年になるが、習近平政権になってから帰国した留学人員の数が、40年間のうちの73・87%を占めていることから、いかに習近平がコア技術を緊急に高めようとしているか、その緊迫性がうかがえる。』

このように中国は、誰もが認識できる国家目標を設定し、その実現にむけて行動を起こしています。明確に予算を増額し、予算とスローガンの両方を使って国民の意識を高め、誇りを取り戻し、強い国を作ろうとしているのです。そしてそのために必要な人材への投資を怠りなく進めています。

実は、かつてこれと同じことをやっていた国があります。他でもない、日本です。

明治維新のころの日本は、欧米列強に追い付くべく、多くの留学生を欧米に派遣し、また巨額の予算を投じて諸外国からお雇い外国人を受け入れ、最先端の知識・技術の習得に努めました。留学生たちはその後帰国し、日本人の手で日本人の教育を施すことができるようになりました。その結果、日本は瞬く間に欧米列強と肩を並べる「大国」の一角を占めるようになったのです。人材への投資を怠りなく、そしてスローガンは「富国強兵」であったのです。分かりやすい国家目標と確実な人材投資が豊かで強い国を作ります。これを実践してきたのが、わが国だったのです。

しかし、今の日本はその面影はありません。大学に対する運営費交付金や科学技術予算が削減され、国公立大学の授業料もかつてのように数万円ではなく、年間60万円ほどかかることになっています。これらの予算の削減により、論文数が世界に比べて激減しているのはよく知られているところです。外国人留学生の受け入れには非常に積極的で、給付型奨学金の予算も潤沢についていますが、日本人に対する奨学金は貸与型。給付型の奨学金は昨年からようやく開始された程度。それまでは貸与型の奨学金がほとんどで、多くの学生は、社会に出たそのときから多額の奨学金返済に追われることになっています。

今の日本は、外国人には非常に優遇措置があり予算もつけるけれども、日本人に対しては非常に厳しく、「自己責任」の名のもとに教育も自己負担でするようにとなっているのです。

しかも、国のためのスローガンというものがなく、「グローバル人材」といういわば「無国籍」の人材育成を奨励し、国のために働くということはばかばかしいことのようになり、自分の利益追求のために転職を繰り返し、起業し、金儲けをした人が「成功者」のように称えられています。これでは、明確な国家戦略を立て、国家予算を投入して科学技術立国を目指している中国に勝てるはずがありません。

日本の10倍の人口を持ち、日本の3倍の経済規模を持つ中国を、いつまでも「後進国」のイメージでとらえていると、大変なことになります。日本では入管法の改正により外国人の受け入れを本格化していくことになりましたが、外国人に門戸を開いて真っ先に来るのは、一番近くて人口の多い国からと考えるべきでしょう。さらに日本は投資市場も開放していますから、近くて経済規模が大きく、人口も多い国が巨額の資本と人員を一気に投入してきたらどういうことが起きるか。想像に難くありません。

国会においても、行き当たりばったりの議論ではなく、将来の国家はどうあるべきなのか。そのための予算編成はされているのか。そういう議論がなされるべきですが、残念ながらそういう議論はほとんど行われず、スキャンダルや不祥事の追及ばかりになっているのが現状です。日本の政治の在り方そのものが問われていると思います。

-「ひろしの視点」第54号(2019年2月)より-


「ひろしの視点」掲載記事一覧