夫婦同姓規定合憲判決を受けて ~民法改正がもたらすもの~(12月号−その2)
夫婦は同じ姓を名乗ることを規定している民法についての違憲訴訟判決が、12月16日に最高裁判所から出ました。結果は合憲。選択的夫婦別姓を求める声もある中で、合憲判決が出たことに、とりあえずホッとしています。
二年ほど前に、非嫡出子の相続分が嫡出子の半分であることについて、憲法に規定する「平等」に反するという理由で違憲判決が出され、その後、民法改正が行われたことがありました。それまでは、この規定は合憲という判断が最高裁から下されていたのですが、最高裁においてそれまでの憲法解釈を変更し、違憲であるという判断を下したのです。その判断を変更した理由も「時代の変化により」というような極めて曖昧で不明確な理由でした。
自民党内でも、この非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分と同じにする民法改正には、反対意見が多数だったと思います。私自身も、これには違和感を覚えました。しかし、違憲という判断が最高裁判所から出された以上は、放置をしておくわけにもいきません。憲法を変えるか、民法を変えるかをしないと法体系が崩れてしまいます。そのため、自民党もやむなく民法改正に賛成したのです。
もし今回の夫婦同姓について違憲判決が出ていたら、この非嫡出子の相続分を嫡出子と同じにした時のように、いや、それ以上に自民党内でも大激論となったことでしょう。また、非嫡出子の話と異なり、夫婦の姓の話は、国民にとっても直接かかわりのある関心の高い話題ですから、国民的にも大議論になったことでしょう。
今の日本の世論は、夫婦は同姓で当たり前という感覚だと思います。従って、合憲という最高裁判決もすんなりと受け入れられるだろうと思っています。
しかし、マスコミがどうもこの話を大きくしたがっているように思います。また、民主党をはじめ野党には(与党の一部にも)選択的夫婦別姓を認めるべきと主張する議員が一定程度は存在するので、少し大きな議論になっていくかも知れません。
私は、夫婦は同じ姓を名乗るべきだと思います。しかし、その議論を始める前に、今の民法がどのような経緯で制定され、改正されていったのか、そしてその改正がどのような社会の変化をもたらしたのかを日本人は知っておく必要があると思うのです。
敗戦後の日本国憲法制定により、大日本帝国憲法下で制定された民法は、新憲法の規定にそぐわない部分を改正せざるを得ませんでした。
旧憲法下の民法には、いわゆる「家制度」があり、戸主が一家の責任者で、家族はその戸主の下でまとまっている一つの集団であり、戸籍も一つでした。昔の戸籍を見てみると、「弟の嫁」等も同じ戸籍に記載されており、戸籍が一つの家族を表現していました。戸主は、一定の年齢になると隠居して、次の世代に戸主の座を譲ります。いわゆる「家督相続」です。亡くなる前に次の世代に財産と共に家族をまとめ、次の世代を育成する責任も相続していたのです。
戸主は先祖代々の家屋敷や田畑を守り、墓を守り、その家を次の世代に継承していく責任がありました。家業を安定させ、さらには発展させ、子孫を残していく責任がありました。そのために、財産は基本的には戸主を引き継ぐ者に一括して相続させる必要がありました。そうしないと、家業の経営基盤が揺らいでしまい、安定した経営ができなくなるからです。「田分け者」という言葉は、相続時に田を分割してしまう愚か者というところから来ていると言われています。「家制度」は、本来弱い立場の個人をまとめて一つの経済共同体をつくり、それを強くしていくことによって家族全体の生活の安定と向上を図る機能がありました。これが私たち日本の先人たちが長い時間をかけて培ってきた生活の知恵であったのでしょう。
明治の時代に民法制定にかかわった日本人は、日本の古くからの慣習を条文にし、国民に受け入れられるように心を砕いたことでしょう。この家族法の部分は、それが最も色濃かったのではないかと思います。
そのような家族法の規定が、戦後の民法改正によって変えられました。いわゆる「家制度」は廃止され、戸籍は夫婦単位で作られるようになり、相続分も兄弟均等ということになりました。隠居という制度もなくなり、贈与税が創設されたために生前贈与は事実上禁止され、死亡時に財産が均等相続されるようになりました。
この民法改正により、何が起きたか。
地方経済を支えてきた家族経営を中心とする中小企業が、長い時間の間に(と言っても70年ほどですが)衰退していきました。これには農業も含みます。当たり前ですね。事業を継続していくためには、それなりの財産を相続していかなくては、事業を縮小せざるを得ません。また、兄弟のうち、何人かが東京に行っていれば、財産はそれだけ東京に流れることになります。これも東京一極集中の原因の一つです。地方に残っている人にも、家業を引き継ぎ発展させ、墓を守り、次の世代をきちんと産み育てるべきだという教えは多少は残ったものの、家業を引き継ぐだけの財産も相続できず、さらには相続税を負担させられたら、家業を継続するだけで精一杯になってしまい、次の世代に引き継げるような経営状態を維持するだけでも大変になってしまいます。
しかも、その次の世代も、兄弟が東京で出てしまえば、相続時にまた東京に財産を持って行かれてしまいます。次の世代はとても地元で事業を継続することができず、廃業して自分も東京でサラリーマンになろうという動きになるでしょう。地元の墓を守ることができなくなりますが、そこまでの責任はもう負えないと考えるのも、やむを得ないことなのです。
私は、この戦後の民法改正で「家制度」がなくなったことが「核家族」を産み、地方の衰退を産み、さらには少子化の原因にもなったと思います。「家制度」があると家を次世代にも引き継ぐことが大きな責任として存在するために、子供を作らなくてはならず、子供がいなければ養子を貰ってでも家を守っていきました。当然、婚姻率も高かったでしょう。
今の憲法で規定する「自由」と「平等」の原則の下で改正された民法によって、日本の家族観は大きく変わりました。
私がここに書いたような地方の衰退・疲弊の原因が、戦後の民法改正にあるという説を語る人はあまり聞いたことがありませんが、私はこれが大きな原因であると考えています。
そして、選択的夫婦別姓をもし導入したとしたら、今の戸籍の様式も大きく変わるでしょう。民主党政権下では、戸籍の廃止も検討されていました。戸籍を廃して個人登録制にしたらどうかというものでした。もしそのようなことが実現したら、家族という最小単位の共同体が破壊され、社会は個人の集まりとなり、極めて難しく住みにくい世の中になるでしょう。そんなことは断じて許してはなりません。
日本の先人たちが、何百年もかけて培ってきた知恵と、わずかな年数しか経ていない自由や平等を何よりも大切な価値観とする憲法の思想と、そのどちらが社会の安定に寄与するのか。そろそろ私たちは考えるべき時期に来ているのではないでしょうか。
この判決をきっかけにして、安易な民法改正が行われることは断固として阻止しなくてはなりません。
-「ひろしの視点」第16号(2015年12月)より-
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