ひろしの視点

真の「保守政治」とは何か

第一八六回通常国会が六月二十二日に閉会いたしました。

私は現在、衆議院法務委員会と財務金融委員会に所属しています。(特別委員会にも一つ所属しておりますが、今国会では開催されませんでした。)

今国会では、法務委員会で三回質問の機会をいただきました。

二月二十一日には、法務大臣の所信に対する質疑をいたしました。法務行政全般について、何を聞いても良いとされるものです。

法務大臣は、私の選挙区支部長選任の時から大変お世話になっている谷垣禎一先生ですので、緊張もしますが、胸を借りるつもりで質問をさせて頂きました。

どのような内容の質問をしたか。

私は、最近様々なところで、政治家が「自由、平等、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値…」という発言をすることに、疑問を感じています。これらのものを「普遍的価値」つまり、「疑問をはさむ余地のない当然正しいもの」と言い切ってしまって良いのでしょうか。 

これらの価値観は、皆様ご存知の通り、戦後の憲法制定時にいわば強制的に輸入されてきたものです。

「自由・平等・博愛」は、フランス革命の時に、革命側が唱えたスローガンであったことはよく知られていますし、フランス国旗の三色旗は、この三つを表しているとされています。

フランス革命については、抑圧された大衆が立ち上がって、搾取ばかりしていた貴族を倒して民主主義を実現したという正義の戦いのようにイメージされていると思いますが、実際はどうだったのか、冷静な目が見る必要があると思います。  時代が違うとは言え、革命を起こして当時の国王を大衆の目の前で処刑する、ということは、現代で言えばテロリズムそのものである、という見方もできるわけです。

実際に、その後のフランスでは恐怖政治が続き、何人もの人が政治的イデオロギーが原因で処刑されていくという凄惨な政治が行われることになりました。

現在の日本では、「自由」「平等」という言葉は無条件に良いことだ、と考えられていますが、このような経緯を考えていくと、日本人が大切にすべき価値観は本当にそれなのだろうか?と大いに疑問を持ってしまうのです。

私は、自由民主党に所属しておりますが、自由民主党は保守政党である、とされています。保守政党が最も大切にしなくてはならないのは、日本の伝統的価値観であるはずです。

ところで、保守とは何であるか。最近は、国旗・国歌に礼をして、中国・韓国に強く出ると「保守政治家だ」とされているようですが、私は全く違うと思います。

国旗や国歌に礼を尽くすことはどの国でも当たり前のことに過ぎず、共産主義国家である中国でも北朝鮮でもやっていることです。また、自国の誇りや領土・領海が脅かされているときに、相手国に対してきちんと自国の立場を表明することも、これまた当然のことです。これは、保守であるとか、革新であるとかは全く関係がありません。主権国家であれば、どの国でもやらなくてはならない当然のことです。ところが、日本においては、これをやるだけで「保守政治家」と分類されてしまう。保守政治という言葉の定義が誤って認識されているので、実際には思想的に革命志向であっても、「あの政治家は国旗・国歌にも礼を尽くすし、中国・韓国・北朝鮮にもはっきり物を言うし、靖国神社にも参拝しているから本物の保守政治家なので、大丈夫、安心だ」と皆が思ってしまうのです。これが政治が混乱する大きな要因ではないでしょうか。

私が、この法務委員会の質問でまず聞いたのは、「聖徳太子の十七条憲法は今でも有効ですか」ということです。

和を以て貴しと為す。この言葉に代表される十七条憲法ですが、もちろんいま法律として有効であるかと言えば疑問があります。

しかし、私は、世界で一番古い国である日本が、なぜこれだけ長い間、革命も起こることなく、一つの国として存続することができたのか。その価値観を私たち日本人は見出していく必要があると思うのです。

少なくとも、私たちの先祖の日本人は、「自由」や「平等」を最上の価値としていたことはないでしょう。先程述べたように、「自由」、「平等」とは、フランスにおいては革命家が唱えたスローガンでした。革命家が唱えるスローガンであるということは、既存の価値観や体制を破壊するもの、つまり保守と真逆をいく言葉である、ということもできるのです。

保守政治にとって、本当に大切にしなくてはならない価値観は何か。それを見出し、日本人共有の意識にしていかなければ、日本の政治の混乱はまだまだ続くでしょう。

現代人の浅薄な知恵ではなく、日本の先人たちが長い時間をかけて培ってきた価値観を大切にする。自分の考えがその価値観とはずれていないか、常に確認しながら前に進んでいく謙虚で慎重な姿勢が、保守政治家には求められていると思います。そのことが、今の政治には忘れられているのではないか。「規律なき自由」、「行き過ぎた平等」が日本の社会を壊し始めています。自由と平等を最上の価値とするのは、そろそろ止めなくてはならないのではないか。そんなことを考えながら質問をさせて頂きました。

-「ひろしの視点」第1号(2014年08月)-


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