ひろしの視点

建国記念日にあたって

二月十一日は建国記念日。言わずと知れた神武天皇が橿原宮で即位をされた日です。しかし、最近は二月十一日が何の日が即答できる日本人がとても少なくなってきています。書店に行っても、日本の神話を見ることが少なくなりました。置いていない店もあるし、置いてあっても、小さなスペースしか取っていないので、あまり選ぶことができません。『やまたのおろち』や、『いなばの白うさぎ』の話を知らない子どもたちも増えているのではないでしょうか。

建国記念日は、我が国が神話の時代から天皇をいただき、連綿と続く国であることを想い、国を今まで支え、創ってきて下さった先人たちに感謝し、現代を生きる我々の責任の重さをかみしめる日であろうと思います。

そんな中、戦後七十年を迎えるにあたり、憲法改正の議論が再び起ころうとしています。この憲法改正の論点は憲法九条をはじめ、数多く挙げられていますが、私は極めて大事な論点が脱けていると思っています。それは、天皇条項です。今の日本国憲法・第一章は「天皇」について書かれています。「象徴天皇制」と言われていますが、今の規定が日本の古来の思想に基づくものなのかと言えば、疑問を感じざるを得ません。

では、大日本帝国憲法にはどのように書かれていたか。大日本帝国憲法・第一条には「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」と書かれています。では、この条文はどこから来ているのか。

日本書紀に、「(てん)(じよう)()(きゆう)(しん)(ちよく)」という天照大神が孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)らに下した神勅があります。

(とよ)(あし)(はら)千五百秋(ちいほあき)(みず)()(くに)は、(これ)()子孫(うみのこ)(きみ)たるべき(くに)なり。(いまし)皇孫(すめみま)()きて()らせ。行矣(さきくませ)宝祚(あまつひつぎ)(さか)えまさむこと、(まさ)天壌(あめつち)(きわま)()けむ。」

つまり、日本の国は皇孫の治らす地であるということが神話に語られているのです。

大日本帝国憲法の起草者である(いの)(うえ)(こわし)は、これを受けて、大日本帝国憲法の第一条に「大日本帝国は万世一系の天皇之を()らす」という案文を出したそうです。本来、この「治らす」という言葉のままの方が良かったように思いますが、その後の検討段階で、欧米の概念に近い「統治す」という言葉に変わってしまったようです。当時の憲法制定の目的が欧米列強に認められる近代国家としての体裁を整えることにあったことを考えれば、日本にしかない「治らす」より、欧米の「統治す」という言葉に変えたこともうなずけます。

日本において、天皇に取って代わろうとする人物が現れなかったのは、この神話が昔から日本人共通の認識になっていたからではないでしょうか。日本は最初から天皇の治らすべき土地なので、その地位をおびやかすことは全く想定されず、むしろ、天皇から実権を授けられる形にした方が、「統治」はしやすかったのかも知れません。そして、天皇の「権威」と、実際に国を統治する「権力」が分かれ、安定した政治体制をつくることに成功してきたのではないか。そんなことを思います。

戦後の日本国憲法を起草したGHQの人たちは、もちろん日本の神話を知らなかったでしょう。当然「治らす」という言葉も知らず、日本では天皇の「権威」と、統治する「権力」が分散されて、長く政治体制が作られてきた歴史も知らなかったでしょう。

天皇の下に、なぜ日本人がこれだけ一致団結してきたのか、特に王を持たない米国人には理解不能であっただろうと思います。そんな人たちが、日本国憲法・第一条を書き、その後の日本人はそれを遵守してきました。

しかし、天皇の地位は天壌無窮の神勅により、はるか昔から定められていることは、本来、日本人共通の認識でなければなりません。神話を知らない日本人が増え、建国記念日が何の日かも答えられない。この状況は、将来の日本人が天皇制廃止を言い始めても、それを阻止することができなくなってくることを想像してしまいます。平等という概念が徹底的に浸透してしまうとそのようなことを言い始めないとも限りません。実際に共産党は天皇制廃止を政策として掲げています。神話を忘れた民族は滅びると言われています。日本人全員の共通の認識、そして連帯感を保つための神話の役割を、もう一度思い出すべき時を迎えています。

神話の時代から悠久の歴史を紡いできたことを内外に示すためにも、第一条には天壌無窮の神勅から言葉をもってくるべきではないでしょうか。同時に、権威と権力の分散を明記し、日本で自然と成立してきた政治形態を、今後も継続していくことを明らかにすべきではないかと思います。建国記念日にあたり、そのようなことを考えていました。

-「ひろしの視点」第6号(2015年02月)より-


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