ひろしの視点

副業推進と解雇規制を考える

働き過ぎの是正をはじめ、様々な働き方改革の議論が進められています。

大手広告代理店の女性新入社員が過労自殺されたのは、とても痛ましい事件でしたし、長期間にわたってこの過労死の問題は解決できないままでいます。過労死防止法も成立はしているものの、このような事件が起きると、まだまだ道半ばだなと思います。

私も鉄道会社に勤務していた頃、かなり残業が立て込んだ時期がありました。経理部に所属しておりましたので、決算期は深夜残業もありましたが、これは二週間ほどで確実に終わるので大したことはありません。

一番大変だったのは、運賃改定の時でした。今は鉄道運賃は届出制になっていますが、当時(20年ほど前です)は、認可制でした。大手私鉄の運賃改定は運輸大臣の認可が必要であり、運輸審議会にかけねばならず、国会対策も必要でした。その資料づくりが深夜におよび、毎日帰りは深夜の2 時か3 時でした。今となっては良い思い出ですが、やはり異常な働き方です。今、自分の職場でこのようなことが起きたら、是正しなくてはならないと強く思います。

ちなみに、今の国会答弁も官僚の皆さんが作成しています。国会議員の質問通告を受けてから、大臣等の答弁原稿の作成に取りかかるわけですが、議員の質問通告が遅れれば遅れるほど答弁作成は遅くなるわけで、その分官僚の残業が増えることになります。

vol26-1無駄な残業代を削減し、官僚の皆さんもできるだけ定時に帰ってもらうように努力することは、国会議員の義務でもあろうと思います。私は、できるだけ早く質問の通告をするように心がけていますが、野党はなかなか通告してくれず、深夜まで待っても「予算全般」などといった答弁の作成のしようがない質問通告もあったりして、なかなか官僚の皆さんも苦労しているようです。

働き過ぎの是正とか、過労死防止と声高に叫んでいる野党議員こそが、国会質問の通告を早く適切にするべきなのに、言っていることとやっていることが違い過ぎですね。

少し話がそれました。働き過ぎ改革、過労死防止は与野党の枠を超えて取り組まなければなりません。そして、この他にも様々な働き方改革が検討されています。しかし、これらの中にはどうなのかなと思わざるを得ないものが少なくありません。

例えば「副業の容認」です。

現在、ほとんどの日本の企業は副業を禁止しています。その会社の仕事に専念して下さいということです。〝会社の業務に専念して会社の業績向上に貢献して下さい、それがあなた自身の生活の向上にもつながります。だから全力で社業に集中し、副業はしないで下さい。〟これが副業を禁止する基本的な考え方でしょう。私もその通りだと思います。

ところが、最近は副業を認めるべきだという考え方が、にわかに脚光を浴びてきています。今働いている会社も将来どうなるか分からないし、会社がどうなっても自分が食べていけるように自分自身でリスクヘッジをするべき。そして、副業をすることによって経済的にも豊かになる努力をするべき。更に、経営側も、これまでの終身雇用のように一生社員の面倒を見られるかどうか分からない、先行き不透明な時代である。だから、副業も認める代わりに解雇も今よりしやすくして欲しい。そんな主張をしているようです。

私自身は、企業で公然と副業を認めるべきではないと思います。企業の社員全員で一致結束して事に当たろうとしている時に、社員が「私は副業がありますので、この時間はそちらに行きます」ということがまかり通ると、大きな事業を遂行することはできなくなります。毎日、社員は決まった仕事しかやらなくなり、事業の発展は望めなくなるような気がします。

もちろん、中には専業の社員もいて、その人は社業に集中するでしょう。しかし、職場環境として、皆で力を合わせて頑張ろうという空気が薄くなるでしょうから、仕事はやりにくくなると思われます。

そして、一番心配なのは、解雇です。今の日本の解雇規制は相当厳しく、なかなか経営者は従業員を解雇することはできません。これを金銭的に解決できるようにして欲しい。これは経営側からは長く要望されているところです。これは一部理解できるところもありますが、しかし、一般的には解雇規制はするべきであると思いますし、副業容認が解雇規制緩和につながるのであれば、なおさら副業容認には反対の声を上げなくてはならないと思います。

副業をやりたいのであれば、会社を辞めて独立してやれば良いし、好きな仕事を好きなだけやって、経済的にも豊かになれば良い。企業に雇われながら副業もして小遣いを稼ぐようでは、どちらの仕事も中途半端になるでしょう。

vol26-2このような働き方改革の背後には、人件費を減らして企業利益を上げる、株主資本主義の考え方が色濃く反映されているように思えてなりません。しかし、人々には安定した職と一定以上の収入がないと、結婚もできないし子どもも作れない。作れても一人だけということになり、少子化も止まりません。将来を見通せる安定した仕事と、まじめに働いていたら必ず報われるという希望を持ってもらうこと。これが最も大事、だと思いますし、その安心感を与えるのが政治の役割だと思います。

しかし、最近の政治家は、安心を与えるよりも挑戦する人を応援し、成功者を生み出すことに夢中になっている気がします。もちろん、挑戦者は大事ですし成功者を生み出すことは必要でしょう。しかし、それは全員がそうなるものでもありません。普通の人も大勢いるわけで、そちらの方が圧倒的に多数でしょう。しかし、こういう人たちは声も小さいし脚光を浴びることもありません。

でも、やはりそういう大多数の人が安心して希望を持って生きていける社会の方が、健全だと思いますし、今までの日本はそのような国であったと思います。だからこそ、内乱も少なく、室町や江戸などの安定政権が何百年も続く平和な国を築くことができたのだろうと思います。

挑戦と安定のバランス。これをしっかり見極め、競争や市場原理主義はほどほどにしておかないと、人間らしさを見失ってしまいます。

-「ひろしの視点」第26号(2016年10月)より-


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