あんどう裕のアイコン

衆議院議員 税理士 あんどう裕

ひろしの視点

HIROSHI’S POINT OF VIEW

ひろしの視点

2015/12/04

TPP大筋合意を受けて

環太平洋経済連携協定、いわゆるTPPが大筋合意に至る、という結果になりました。まだ大筋合意なのでこれから最終的な詰めを行うということです。

 

私としては、大筋合意に至ったことは大変残念に思います。できれば合意できずに協議が漂流して、いつ合意できるかわからないまま、永久に合意しないという状況が最も好ましいと思っていました。この状況であれば、TPP賛成派も反対派も面子が保たれる上に、実質的に国益を守ることができるからです。しかし、残念ながら大筋合意ということになりました。

農産品をはじめとして、今まで関税で保護されてきた産物は、これから大変厳しい局面を迎えるでしょう。特に日本の農業は、米国や豪州のように大陸で広大な平野がある国とは異なり、急峻な山地と海に挟まれた狭い平野や、段々畑に代表されるような斜面を開墾して農地としてきました。言うまでもなく、生産性では米国等とは比べものにならないほど、不利な条件で自由市場の中での戦いを強いられることとなります。

 

一、農業

従来より、日本の食流自給率の低さは大変大きな課題です。

食料を国内で生産できない、言い換えれば、国民の食料を他国に依存しているということは、国民の生命を他国に依存しているということであり、国民の生命を他国に委ねていることと同じです。平和で天候も平穏でいつも豊作であれば問題はないでしょうが、一度紛争が起きれば、一気に日本は食糧難を迎えることとなります。今は飽食の時代と言われていますが、食糧自給率が40%代にも関わらず、飽食の時代などと安心していて良いのでしょうか。私には飢餓の時代と背中合わせのように思います。

ある評論家が、「自由貿易は日本の食料安全保障にも大きな効果があります。契約によって外国から食料の安定供給が保障されるので、日本国民の食料は確実に確保されるようになるのです」という解説をしておられましたが、とんでもないことです。自国民が食糧難で飢えているのに、契約があるからと言って自国で生産している食料を外国へ販売することを容認する政府があるでしょうか。とてもそんな政府は国民から支持をされるはずがありませんし、また、政府もそんな政策を採用してはなりません。自由貿易で契約により食料が確保できるというのは、たわ言にすぎません。

従って、我々はTPP交渉が大筋合意となった今こそ、食糧自給率の課題に真剣に取り組む必要があります。農業を他の産業と同様に自由競争にさらしてはなりません。食料を国内で自給することは、日本国民の生命を守ることに他ならないのです。

TPPによる被害から日本の農業を守るための施策は万全を期さなくてはなりません。農業には、巨額の補助金を出していく必要があるでしょう。そして、この補助金は世論から批判がされることでしょう。「既得権益者に金をばら撒く、またばらまきが始まった」「既得権益を守るな。自由競争で勝ち抜くところが生き残ればいいのだ」というような批判がされることでしょう。

しかし、政府がやらなければならないことは、日本の農業を守ることです。日本の食糧自給を確保することです。世界でどのような紛争が起きても、干ばつなどの天候不順で不作となっても、日本人の生命を守るための食料を確保する道を作っておくことです。

そのために、農業に携わる人に安心して農業が続けられるように、政府として万全の対策をすること。それによって最大の利益を得る「既得権益者」は誰か。言うまでもなく、全ての日本国民です。農家ではありません。そのことをよくよくご理解頂きたいと思います。

二、工業製品

次に、工業製品に与える影響について考えてみましょう。

日本の強みである自動車をはじめとする工業製品の関税も、米国等において撤廃される方向となりました。これは確かに自動車産業等にとっては朗報であり、その関連産業に関わっている人たちには、明るいニュースであろうと思います。

そして、今回のTPPに反対する人たちの中にも、「日本は輸出立国だから、輸出を伸ばしていくことは日本の経済を強くしていくことにつながるし、輸出大国としての強みが生かせるのだから、ゆくゆくは仕方ないだろう」と考えている人たちは多いように思います。

しかし、日本は本当に輸出立国なのでしょうか。

実は、日本の輸出額がGDPに占める割合を出してみると、わずかに14%程度しかありません。日本は輸出立国ではなく、圧倒的に内需の国なのです。もちろん、輸出が伸びるにこしたことはありませんが、輸出を10%増やすよりも内需を10%増やした方が、よほど日本の経済成長には効果があります。この「日本は輸出立国である」という日本人の思いこみが、自由貿易に対する判断を誤らせていると言えます。

さらに、自動車の米国関税が撤廃されることにより日本の自動車が輸出しやすくなるというイメージがわいてきます。しかし、米国の乗用車の関税は、わずかに2・5%。為替レートが少し変動するだけで吹き飛んでしまうようなわずかなものです。

しかも、日本企業はすでに相当程度を海外で生産しています。海外で生産しているということは、すでに関税の向こう側に工場があるので、関税があろうが無かろうが関係ないということになります。

工業製品についても、大きなメリットはほとんどないと言ってもいいのではないかと思っています。

三、公共事業

次に、公共事業について考えてみます。

国民生活の安心・安全を守り、経済発展の基盤となるインフラ整備。道路や橋やトンネル、港湾、空港の整備や学校、病院の建設、河川管理、ダム建設など、公共事業は多岐にわたり、様々な専門家が国民生活を守るために日夜努力をしています。

これらの公共事業も外資に開放されることになります。今までも一定規模以上の国が発注する事業については名目上は解放されていましたが、事実上は国内企業のみが受注しておりました。外国企業が受注するには、日本における商慣行や日本語による契約など、外国企業には不利な取引条件が揃っていたために、外国企業は受注するのが難しかったのです。これが、外国企業も日本企業と同様の競争条件で受注できるようにすべきと、TPPの中では規定されそうです。

外国企業にとって、最大の日本市場への参入障壁は言葉です。日本語です。なので、全ての発注書や仕様書を英語に統一しろという要求が出てくるでしょう。また、日本の商慣行は公平な競争条件とは言えないので、商慣行自体を変えるべきという要求も出てくるでしょう。

しかも、開放される公共事業は国が発注するものだけではなく、都道府県や市町村が発注するものまで含まれると、各々の役所が英語で発注できるようにしなくてはなりません。とてもそのような能力は日本の全ての役所に備わっているとは思えません。

しかし、公共事業の外国企業への解放によって一番危惧されるのは、その点ではありません。

国民の安心・安全を守る公共事業を実施すべき技術者が、その工事をする場所からいなくなるという点が一番問題なのです。

たとえば、河川改修を役所で発注し、それを外国企業が受注したとします。工事が無事に完成した後に、大雨が降って改修箇所に不具合が出た時、すぐに修繕しようとしても、その工事ができる技術者は外国にいるので、すぐに対応することができないということが予想されます。今の日本では考えられないことです。人々の安心安全を守る技術者が、今の日本では身近にいるので当たり前になっていますが、徹底的な自由競争で公共事業を発注し、外国企業がどんどん受注するようになれば、日本人の安心・安全は次第に損なわれていくでしょう。この点もとても心配をしています。

四、投資

次に投資について考えてみます。

新聞等では関税のことばかりが報道されて、投資に関することがほとんど報道されていませんが、最も心配なのは、実は、この投資についてです。

実は、TPP交渉と並行して、日米間では独自の自由貿易協定の交渉が行われています。これは、TPPが合意したら日米間FTAも同時に合意してTPPと並行して実施していこうとするものです。米国は金融立国・投資立国ですから、日米交渉の中の投資の条項は、極めて注意深く見ておく必要があります。

TPP交渉の結果を報告する文書の中に、「TPP交渉参加国との交換文書一覧」というものがありますが、その中に、「保険等の非関税措置に関する並行交渉(日本-米国)」というものがあります。これは、「2013年4月に日米間で交換した『日米間の協議結果の確認に関する書簡』に従い、保険、透明性、投資、知的財産権、規格・基準、政府調達、非関税措置に取り組むこととされたことに関し、日米両政府の認識等について記す文書」とされています。

全てが逐一精査していかなくてはならない内容ですが、その中の投資を見てみると、次のような文書になっています。

「両国政府は、コーポレート・ガバナンスについて、社外取締役に関する日本の会社法改正等の内容を確認し、買収防衛策について日本政府が意見等を受け付けることとしたほか、規制改革について外国投資家等からの意見等を求め、これらを規制改革会議に付託することとした。」

この文章から読み取れるのは、外国投資家がさらに投資しやすくなるように規制緩和せよということです。外国投資家が日本に投資をする
理由はただ1つ。「日本に投資をしたら儲かるから」ただそれだけです。日本人が幸福になるか不幸になるかは興味がありません。

最近、日本の上場企業ではROEを重視する経営がもてはやされています。以前の「ひろしの視点」にも書きましたが、できるだけ資本を小さくして利益を上げ、配当や自社株買い等を通して投資家にできるだけ多く還元する。それがROEを重視する経営です。株主の利益向上のために会社は努力するべきだという考え方ですね。

社外取締役を複数選任することも事実上義務化されました。私は、ROE重視や社外取締役選任の義務化にも反対してきましたが、さらにこれが加速されるようです。

今、日本の上場企業の外国人投資家の割合は30%を超えているようです。これが40%や50%とどんどん増えていき、配当率が上がっていったらどうなるか。日本企業の稼ぐ利益は海外へ流出することとなり、日本人の働く果実は外国人が手にすることとなります。これでは現代版植民地と言われても仕方ありません。しかもこの文書には、「規制改革について外国投資家等からの意見等を求め、これらを規制改革会議に付託することとした」とあります。これからは、外国投資家は直接日本政府にモノ申すことができるようになるというわけです。これは、いわゆる内政干渉どころではなく、外国の民間人が日本の政策に意見を言い、日本政府がそれに対応するという、極めて強い権限を正式な形で与えるということです。

これも、強い憂慮をもって今後の推移を見守らなくてはなりません。

五、まとめ

以上、今回のひろしの視点では大変おおざっぱではありますが、私が懸念するTPPの問題点の一部について書いてみました。

TPPは秘密交渉なので、私たち国会議員にもその内容は明らかにされておりません。詳細が不明なので、自由貿易を標榜しながら、実はそれほどでもなかったということもあり得ます。そうであればいいなと思ってはいますが、かなり自由度の高いことが予想されます。

「自由度が高ければ高いほど、いいじゃないか」そう思われる方もいるかも知れません。

しかし、ヒト・モノ・カネの行き来を完全に自由にすれば、経済が発展してその地域の人々全てが幸せになれるということが幻想であったことは、EUの事例を見ても明らかです。

EUはもはや加盟国間で貧富の差がつき過ぎてしまい、今や崩壊寸前です。このままEUを続けるも地獄、引くも地獄という大変難しい局面にあります。

自由貿易は、その地域間の貧富の差を拡大し、失業の偏在をもたらし、地域紛争の火種になります。過去の歴史を振り返ってみると、そのような事例に行き当たります。

自由という言葉に踊らされてはならない。そのことをもっと強く主張していかなくてはならないと考えています。

-「ひろしの視点」第14号(2015年10月)より-